藤澤ノリマサ×松井五郎対談 この時代に歌うべき“歌”に向き合った、新たな音楽を探す旅

藤澤ノリマサ×松井五郎対談

 これは、閉塞と混沌の時代の向こうにかすかに見える、確かな「光」を探す音楽の旅だ――。唯一無二の「ポップオペラ」の旗手・藤澤ノリマサの最新アルバム『La Luce-ラ・ルーチェ-』(イタリア語で「光」「輝き」)は、全曲の作詞とプロデュースに松井五郎を迎え、すべての作曲を藤澤ノリマサ自身が手掛けた画期的な作品集となった。得意のベルカント唱法をあえて封印し、古き良きポップスの魔法に包まれた全12曲は、閉塞感のあるコロナ時代に心温まる思いと明日の意欲をかきたてる、静かな興奮と感動を聴き手に届けてくれる。藤澤ノリマサにとって新時代の幕開けともいえるアルバムについて、松井五郎との対談形式でたっぷりと語ってもらった。(宮本英夫)【インタビュー最後にプレゼント情報あり】

二人で旅をしていたような充実したアルバム作り

藤澤ノリマサ・松井五郎

――『La Luce-ラ・ルーチェ-』は、自身にとってどんな作品になったと思いますか。

藤澤ノリマサ(以下、藤澤):「ポップオペラ」という唯一無二のジャンルをデビューから14年歌い、今までは歌手・藤澤ノリマサとしてフォーカスされていた部分を、今回はソングライター・藤澤ノリマサというところにスポットを当てていただけたんじゃないかな、と思います。一つのアルバムすべてのメロディを書いたことは、自分でも前代未聞ですし、歌い方も明らかに変わったと思いますね。「ポップオペラ」では、普通のポップスの歌い方と、西洋のベルカントと言われる発声法で歌っていましたが、それをすべて取っ払って、一つの楽曲の世界観に寄り添った歌い方をするということも、今までとは違うと思います。そこには松井さんの影響がすごく大きくて。かなり多くのアイデアをいただいて、すごく楽しかったです。

――松井さんにとっては、どんな体験だったんでしょう。

松井五郎(以下、松井):今回一番大きかったのは、やっぱりコロナ禍の影響だと思うんですね。なかなか人と会えない状況の中で、彼も僕も含めたクリエイターたちが「この中で何をしたらいいか?」ということを考えるようになったわけです。そこで彼自身が一人でできることとして、ソングライティングがあったということと、もう一つは「この時代に何を歌うか?」ということで、彼の中でそれを探すためにはいい時期だったと思います。この作品の中で言うと「手紙」という曲からスタートしたんですけれど、彼の一番パーソナルに近い部分のお話を聞かせてもらって、そこから作り上げた曲なんです。その時にはまだアルバム制作の話はなくて、とにかく曲を作って、配信でも何でも歌っていく状況を作りたかったし、その中でもう一回歌と向き合おうと話していましたね。

藤澤ノリマサ

藤澤:「手紙」は僕の両親のことを歌った曲なんですけれど、僕にとって両親というのは、デビューした時からずっと応援してくれている大切な存在で、その話を松井さんにしたところから、この曲が生まれてきた。またそれをきっかけに「帰り道」という、友達のことを歌った曲が生まれたんです。

松井:「手紙」という歌が手掛かりになって、「帰り道」では幼少期の友達のことや、「Song Is My Life」では彼と歌との出会いを歌っていたり、彼自身の歴史を紐解いていく中で、最終的に「La Luce=光、輝き」というテーマにたどり着いた。かっこいい言い方をすると、歌を作りながら二人で旅をしていたような感じがします。僕がこういう形でプロデュースをする時は、いつもなら数字のことや締め切り、いろいろ考えなきゃいけないことがあるんですけど、今回はそれを取っ払って、彼が本当にソングライターとして、ボーカリストとしていろいろなアプローチをするということをやりたかった。コロナ禍での時間を、僕らはうまく使えた気がしますね。お尻(締め切り)を決めなかったからこそ、彼が頑張る時間を作れたし、二人でテーマを広く探していく作業もできたので、すごく充実したアルバム作りになったと思います。

藤澤:ライブハウスで作った曲もありますよね。渋谷のJZ Brat Sound of Tokyoで、松井さんと一緒にトーク&ライブを開催させて頂いた時に、いきなり詞を持って来られて“はい、曲を書いて”と言われて(笑)。それが後の「僕らはこの星で暮らすんだ」なんですけども。

松井:これだけ長くやっていると、曲を「作っていく」という感じがどうしてもあるんですけど、「生まれてくる」という感じをとらえたいと常々思っているんですね。ものが生まれる瞬間って、何日もかかっているように見えて、3分間の歌は3分しかかかっていないというようなところがあるんです。でもその3分間の歌を作るために、何十年も生きているわけで、結局はその積み重ねなんですね。そういう切り取り方が、僕は音楽だと思っているから、あのライブの時も、とりあえずワンコーラスを即興で、「見たままの感じで歌って」と言ったら、けっこういい曲ができたんです。それを膨らませていって、完成させたという経緯がありました。

――松井さん側から見て、ノリマサさんの人間性から引き出される言葉というものがあるわけですか。

松井:今回に関しては、1曲1曲にノリマサくんの人生が反映されていると思います。「手紙」も「帰り道」も、犬がテーマになっている「誰か僕に名前をください」もそうですね。あれは捨て犬の歌なんです。

藤澤:僕が犬を飼っていて、そのことを書きたいと松井さんに言ったんですけど、僕のことばかり書くのもどうだろう? という話になって……。

松井:「手紙」でご両親やふるさとのことを書いて、「帰り道」が幼少期の思い出で、その流れで犬の話を書きたいと言うんだけど、犬に向けて「いつまでも生きてね」みたいなことを歌う歌詞は、ちょっと変な感じがするなと。だからもう少し広いテーマにして、「命」ということと、動物虐待に関する視点も入れて。この詞の中の〈僕〉というのは犬のことなんですけど、そういう風にテーマを工夫して、彼が感情移入できるようなストーリーにしようと思ったんです。

――「誰か僕に名前をください」の中盤で、メロディを離れて、語るように歌うところがとても印象的です。

松井:あれは、もともとは彼の引き出しにはなかったんですよ。彼のように楽器を使って曲を作る人は、どうしても手癖があって、何曲か作ったあとにまた好きなコードに戻ってしまう。だから変化球を入れたかったのと、今回は「ポップオペラ」とは違う、彼の引き出しをさらに増やしていく目的もあったので、「そこはボブ・ディランのように、語るように歌ってみたら?」と言ったんです。

藤澤:そういう引き出しは全然なかったです(笑)。レコーディングの時に、何テイク録りましたかね。普段はあまり録らないんですけど、これはたくさん録りました。

ポップオペラの持ち味である”ハイトーン”を封印した歌い方へのチャレンジ

松井:それと「こんなに」という曲ではウィスパーを使っていて、いわゆる「大きな声を出したい」というような、彼の中での達成感をことごとく禁じている(笑)。

藤澤:今回のテーマの一つはハイトーンにはいかないという美学でしたね。

松井:言葉の側から言うと、「ポップオペラ」の声量のダイナミクスというのは、生活の中ではリアリティがあまりないわけです。たとえば「お茶飲みに行く?」という時に、「お茶を~~!!飲みに行く~~!?」とは言わないわけで(笑)。

――あはは。それは確かに。

松井:今の「ポップオペラ」のファンの方たちは、そういう彼の魅力をよくわかっていますけど、それを知らない新しい人たちにも聴いてほしいという意味で、J-POPの中にあっても、いい意味で差を感じないような作品にしたかったんです。近い距離で、言葉の意味も含めて、歌い手の体温みたいなものをどれぐらい伝えられるか。そういうチャレンジをほかの曲でもやっていて、いい意味ですごく大変だったと思いますよ。

藤澤:ベルカンティックな発声を封印するのも、このアルバムのテーマでしたね。それでも僕が歌っているから、自然にそうなっている部分はあると思います。ただ、「La Luce」という曲もそうだと思うんですけど、意図的にやってはいない。そのへんはすごく研究しましたね。

――ベルカンティックな唱法を意図的に使っているのは、「Song Is My Life」の最後の盛り上がりのところだけかな? と思います。

藤澤:あそこは少し迷いましたけど、まあ、一カ所ぐらいは目をつぶっていただいて(笑)。

松井:それは彼の魅力でもあるわけだから。ただ、160キロの剛速球ばかりで三振を取るんじゃなくて、ゆるいカーブでも三振を取れるような感じの配球も試してほしかったんですね。彼はまだ若いけれど、これから10年、20年経っていくと、力だけの歌い方はできなくなってくる。その間をどうやって過ごしていくか? ということはすごく大事だと思うんですよね。そういう意味で今回のチャレンジが、5年後、10年後の彼にとってすごくプラスになっていくと思うし、実験的な部分もあったと思うけど、できあがってみると「なぜ今までやらなかったんだろう?」と思うぐらいですよね。

藤澤:このアルバムを親に聴かせたら、今までで一番好きなアルバムだと言ってくれて、すごく嬉しかった。あとは、自分と同世代の人たちが、すごくいいアルバムだねと言ってくれるのも嬉しいです。「ポップで聴きやすい」「歌い方変わったね」とか、「詞に思いを込めて歌ってるね」とか、今までがそうじゃなかったような言われ方もされましたけど(笑)。それは歌い方の問題だと思うんですよね。

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