なぜ“歌の上手さ”にスポットが当てられる? ネット発アーティスト、オーディション番組……近年の傾向を探る

なぜ“歌の上手さ”にスポットが当てられる?

歌うま志向は日本の音楽文化の発展に?

 元来音楽シーンには振り子の理論が存在しており、1つのムーブメントが起きると、次は反対側に大きく揺り戻される傾向があり、それを何度も繰り返して来た。例えば70~80年代には親しみやすくキャッチーなアイドルや歌謡曲がメインストリームだったが、その後は洋楽から影響を受けたバンドやJ-POPのムーブメントが起きた。クラブミュージックを取り入れた小室哲哉プロデュースのアーティストが一世を風靡し、SPEEDなどのダンス&ボーカルの流行の後には、宇多田ヒカルやMISIA、浜崎あゆみなどの歌姫ブームが起き、そこから再びEXILEや東方神起などのダンス&ボーカルに揺り戻され、韓流ブームも手伝ってKARAや少女時代などによるK-POPのムーブメントが生まれた。

 2020年代前後は米津玄師やKing Gnuなど歌のうまさはもちろん、楽曲の個性や味のある歌い方が注目された。ここ1年ほどは、Ado、milet、優里、緑黄色社会の長屋晴子など、シンプルに歌の上手さにハッとさせられるアーティストが増えている。

 また、そうした歌の上手さをより引き立てているのが、R&Bという音楽ジャンルだろう。現在のR&Bはかつてのものとは違い、メロウな歌やエモーショナルな歌だけでなく、トラップやクラシックなど他ジャンルの要素をサンプリングしたオルタナティブR&Bがあるほか、ダンスやパフォーマンスに注力したK-POPでも取り入れられている。それらR&Bは、ソウルミュージックのようなフェイク(アドリブ)やビブラート、ロングトーンなど多種多様なボーカル技術が必要とされ、それが歌いこなせるかどうかも歌の上手さの1つの尺度になっている。

 世界的に見ればR&Bがメインストリームで、歌唱力の低いアーティストというのはあまり聞いたことがない。70年代に生まれたアイドル文化を例に、その未熟さや成長過程をエンターテインメントにできているのはある意味で日本の文化だ。現在の「歌うま」に対する志向の高まりは、日本の音楽文化がまた1つ海外基準に近くなったことの表れなのかもしれない。

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