『稲村ジェーン』プロデューサー森重晃が明かす制作秘話と“映画監督・桑田佳祐”

『稲村ジェーン』プロデューサー明かす秘話

「希望の轍」と「真夏の果実」に合わせた映像編集も

ーー映画監督としての桑田さんについても聞かせてください。専門の映画監督と違うところはありましたか?

森重:これは自分の話になっちゃうんだけど、20代の頃から映画に関わるようになってわりと新人監督と仕事することが多かったんですよ。大森一樹とか井筒和幸、あとは山川直人、石井聰互(現・石井岳龍)、長崎俊一だとか。ベテランの監督のことはあまり知らなかったので、「映画監督はこうあるべき」というものがなかったんです。もちろん監督はまとめ役だし、「作品の責任は監督、全体の責任はプロデューサー」ということはあるけど、映画の中身に関しては、桑田が監督としてやりたいようにやれる環境を作るのが自分の仕事だと思ってて。そういう意味では、桑田は監督らしかったと思いますよ。

ーーやりたいことが明確だったと?

森重:そうですね。しっかり指示を与えていたし、桑田自身が観たいものを作るために、役者やスタッフを動かしていたので。横にいても、「監督らしい監督だな」と思っていました。

ーー桑田さんのようなトップアーティストが映画を撮ること自体も、大きなニュースでしたよね。『稲村ジェーン』は音楽映画としても注目されていたのでしょうか?

森重:いや、当時は音楽映画っていう呼び方はしてないですね。「桑田佳祐が撮った」というだけで。ただ、音楽映画として観てもらうとより楽しんでもらえるんじゃないかなとは思ってます。

ーー劇中にはバンドの演奏のシーンも多いですよね。

森重:そうですね。80年代半ばからミュージックビデオが作られるようになりましたけど、まだそこまで広まってなくて。『稲村ジェーン』でも、どうしたらカッコよく撮れるかはすごく考えてました。映画に出てくる「ビーナス」という店のセットは、湘南じゃなくて、南伊豆の弓ヶ浜に建てたんです。エキストラが100人、200人ぐらい入れるようなガッチリしたものを作ったし、あの空間でちゃんとライブシーンを撮影できたっていうのは、桑田にとっても良かった部分だったと思います。エキストラは、サザンのファンクラブのみなさんにも参加していただきました。みなさん本当に協力的で、ありがたかったですね。

ーー桑田さん本人もシンガー役で登場しているし、ファンのみなさんも嬉しかったんだと思います。そして『稲村ジェーン』を語るうえで欠かせないのが、サザンオールスターズの「真夏の果実」と「希望の轍」です。

森重:クランクインする前の段階で、「真夏の果実」「希望の轍」以外の楽曲は全部作られていたんですよ。当初、桑田からは「「忘れられたBIG WAVE」を主題歌として考えてる」と聞いていて。

ーー「忘れられたBIG WAVE」は、歌詞も映画のストーリーに沿ってますからね。そうすると「真夏の果実」「希望の轍」が作られたのは……?

森重:撮影の後ですね。映画の撮影が10月か11月ぐらいに終わって、編集していた段階で、桑田がライブツアーの合間に「希望の轍」と「真夏の果実」を作ってきて、これを使いたいと。「希望の轍」は、主人公がダイハツ ミゼットに乗って、山の上に向かうシーンで使いたいということになって、翌年の4月に新たに撮影したんです。

ーー曲に合わせて、シーンを追加した?

森重:というより、“曲の長さに足りるように”ですね(笑)。山の上に上がっていく場面はもともとあったんですけど、長さが足りなかったから。

ーーそれくらい楽曲と映像のバランスにこだわっていた、と。

森重:そうですね。あの2曲はそもそも、撮影が終わって、桑田自身が刺激を受けて作った曲だと思うんです。それはすごくいいことだし、こちらとしても嬉しいですよね。桑田に「これどう?」ってスタジオで聴かされた時に、すごいなって思いましたから。「希望の轍」と「真夏の果実」はある程度、曲に合わせて映像を編集してるんですよ。

ーーミュージックビデオ的な手法だったんですね。しかもこの2曲は、今に至るまでファンの間で人気がある曲で。

森重:そうですね。「真夏の果実」は映画の主題歌で、シングルも出していて。「希望の轍」はシングルではないんだけど、90年代の後半ぐらいから、ライブで盛り上がる曲になっていきましたよね。そういう意味では、特に「希望の轍」のほうはサザンのファンにも支えられているんじゃないかな。

ーー「真夏の果実」「希望の轍」は広く知られている楽曲ですし、“この2曲を生み出した音楽映画”としての魅力は、当時よりも現在のほうがしっかり伝わるような気がします。

森重:そうかもしれないですね。日本には、ミュージカル映画もそうだけど、音楽映画がなかなか根付かないじゃないですか。ここ数年、海外ではミュージシャンの伝記映画がどんどん作られて、『ボヘミアン・ラプソディー』や『ロケットマン』がヒットしてますが、日本ではなかなか難しい。自分にとっても、音楽映画と呼べるものは『稲村ジェーン』が最後ですね。1960年代までは、歌謡曲映画と呼ばれるものがたくさんあったんですよ。ヴィレッジ・シンガーズの曲名を使った『落葉とくちづけ』とか、藤圭子の『新宿の女』とか。筒美京平さん、小林亜星さん、阿久悠さんなどが残した名曲をもとにした映画なども、もっと作ればいいのにとは思いますね。

ーー『稲村ジェーン』は、セリフの中でも、細かい音楽のネタがあって。「葉山にベンチャーズ来たらしいけど、おまえ行った?」とか「来年ビートルズが来るってほんとかよ?」とか。横分けピッチリの男の子に対して、「おまえ加瀬邦彦か!」ってツッコんだり。

森重:(笑)。若い人は、(加瀬邦彦が在籍していた)ザ・ワイルドワンズが湘南出身というのも知らないでしょうけど。『稲村ジェーン』を今の10代、20代が観てどう感想を持つのかは、ぜひ聞きたいですね。

ーー現代の映画と比べると、映像の雰囲気も違いますからね。

森重:当時はまだ35mmのアナログフィルムで撮っていたので、今のデジタルで撮っているものとは、まったく編集が違うんですよ。最近の映画のカット数は1本で2000カットぐらいですけど、あの頃は700〜800カットくらいが普通で。『稲村ジェーン』は千何百あったと思うけど、それでも今の映画とは違いますよね。

ーー1990年の公開当時、『稲村ジェーン』の受け止められ方はどうだったんでしょうか?

森重:9月8日の公開だったんですが、完成したのが8月の半ば過ぎで、結局、マスコミ試写をほとんどやっていないんですよ。なので宣伝も手を変え品を変えじゃないけど、変わったテレビスポットを作ったり(笑)。あと、久米宏さん、小宮悦子さんがやっていた『ニュースステーション』をはじめ、各局が桑田をニュース番組に呼んでくれたんですよ。サービス精神がある人だから、ギターを持って小宮悦子さんに向かって歌ったりして(笑)。

ーーしっかりプロモーションもしていた。

森重:そうなんです。桑田は「今まで音楽を10何年やってきて、ニュース番組に呼ばれたことなんてないよ。映画をやると呼ばれるんだな」ってポツッと言ってましたけど(笑)、プロモーションとしてはそれが大きかったんじゃないですか。公開初日、(配給会社の)東宝の人が「こんなに入っているのを久々に見ました」と言ってたんですよ。今の有楽町マリオンなんですが、ビルの周りを3重くらい人が取り囲んで。本来は9時台から始まる予定だったんですが、あまりにも人が集まってしまったので、急遽早めて、スクリーンも増やしたんです。その日のニュースで言われましたからね。「こんなに人が並んだのは、1941年の李香蘭の公演以来だ」って(笑)。

ーー今回のBlu-ray、DVDの発売が発表されたときも、大きな反響がありました。このリリースに際して、桑田さんとは何か話をされたんですか?

森重:桑田とは何年かに一度、飲んだりはしていて。去年の1月に桑田が『週刊文春』で連載(「ポップス歌手の耐えられない軽さ」)をはじめて、4月くらいに連絡があったんです。「『稲村ジェーン』のことを書くけど、大丈夫かな」っていう。それからまた話すようになって、6月のサザンの配信ライブの後、7月に会って。そのときに自分から「当時のスタッフも喜ぶだろうし、残しておこうよ」みたいな話をしたんですよね。

ーーそうだったんですね。

森重:俺も昔のVHSは持ってるけど、もう使い物にならないし(笑)、残せるものを残しておきましょうよって。先日、30年ぶりにスクリーンで『稲村ジェーン』を観たときも、「いいじゃない」って話したんですよ。久しぶりに見て、お互いに「面白かった」「いい映画じゃない」とすんなり話せたのはよかったと思いますね。

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■リリース情報

『稲村ジェーン』
6月25日(金)、Blu-ray&DVD発売
完全生産限定版(30周年コンプリートエディション)Blu-ray / DVD BOX【2枚組】
本編DISC(Blu-ray / DVD)デジタル・リマスター版+特典DVD
三方背BOX・デジパック仕様
11,000円(税込)

通常版【2枚組】本編DISC(Blu-ray / DVD)デジタル・リマスター版+特典DVD
7,700円(税込)

特典DVD収録内容
特典DVD収録内容は完全生産限定版(30周年コンプリートエディション)・通常版 共通

ドキュメント・オブ・稲村ジェーン (2021 Ed.)
劇場予告
TV CM
Scrapbook (メイキング)
完全生産限定版特典
ダイハツ“ミゼット”1/50スケールミニチュアモデル
(稲村ジェーン オリジナルカラーver.)
スペシャルフォトブック
決定稿台本(A5変形サイズ縮刷版)

『稲村ジェーン』特設サイト

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