秦 基博に聞く、『おちょやん』主題歌で描いた“人生における泣き笑い” KIRINJIやキャロル・キングら転機になった音楽も明かす
秦 基博の2021年最初のシングルは、NHK連続テレビ小説『おちょやん』主題歌として注目を集めている『泣き笑いのエピソード』。過酷な生い立ちに負けず、自らの人生をひたむきに歩む主人公・千代の姿を思い描きながら制作された表題曲は、日常に明るさを与えてくれる曲としてすでに大きな支持を得ている。カップリングには最新アルバム『コペルニクス』収録曲から、自粛期間中制作された“コペルニクス AT HOME”バージョン2曲(ツアーメンバーとリモートで制作した「LOVE LETTER」、 秦の声のみでアカペラ多重録音された「アース・コレクション」)、書き下ろしの新曲バラード「カサナル」を収録。音楽的なトライと普遍的なポップネスを共存させた充実のシングルだ。
また、AWAプレイスト企画でセレクトしてもらった楽曲も公開。“転機となったオリジナル曲”“ルーツに根差したフェイバリット曲”という基準でセレクトされ楽曲をもとに、シンガーソングライター・秦 基博のバックグランドを感じ取ってほしい。(森朋之)
「僕たちも泣き、笑いの両方があって、日々が続いている」
ーー2021年最初のシングル曲「泣き笑いのエピソード」は、NHK連続テレビ小説『おちょやん』主題歌。楽曲制作の入り口はどこだったんですか?
秦 基博(以下、秦):まず、ドラマのスタッフの方から『おちょやん』がどういうドラマなのかというお話を伺うところからですね。主人公のモデルになった浪花千栄子さんの生涯だったり、あとはその時出来ていた脚本を読ませてもらってから、曲を書き始めました。
ーー浪花千栄子さんの生涯、凄まじいですよね。幼少の頃に奉公に出されて辛苦を味わい、そこから自らの意志で女優を志すという。
秦:壮絶な境遇で育って、いろいろなことがありつつ、最終的に喜劇役者になった方なんですよね。マイナスなこと、つらい経験を反転させて、人を笑わせることを職業にするようになった、そのエネルギーがとにかくすごいなと。浪花千栄子さんの場合は極端でしたけど、たぶん僕たちにも泣き、笑いの両方があって、日々が続いているし、人生になっていると思うんです。なので自分自身にもリンクできるところがあるんじゃないかなって。そのテーマがありつつ、自分の言葉、自分の歌としてどう表現するか? ということでは、普段と変わらなかったですね。
ーー幅広い層の人たちが興味を持っている番組ですし、「なかなか先が見えない社会に対して、少しでも元気になれるような曲を」という意識もありました?
秦:曲調みたいなものに関しては、やっぱり「ドラマに向けて」という感じでしたね。『おちょやん』というドラマ自体、辛いこと、ひどい出来事もけっこう暗くなりすぎないように表現していて。なので楽曲も自然に明るくて軽快な感じになったし、そこにどうやって泣きの部分を入れ込むかというバランスだったと思います。もちろんこういう時代なので、ポジティブな曲がいいなという気持ちはありましたけどね。
ーーなるほど。アコースティックな手触りのサウンドも、楽曲のテーマにすごく合っていて。最新アルバム『コペルニクス』以降の秦さんのモードもあったと思うんですが、そのあたりのバランスはどうやって取っていたんですか?
秦:「『コペルニクス』の次はこういうサウンドにしたい」という明確なものはなかったんですよ。具体的に新しい音を目指していたというより、あくまでも「泣き笑いのエピソード」にいちばんいい形は何か? というところでしたね。ただ、エレキギターが入ってないこととか、「歌とアコギが真ん中にあって、そのうえでリズムを構築する」というやり方は、『コペルニクス』からの流れにあったかなと思います。今回もトオミヨウさんとの共同アレンジですが、この形になるまで、けっこう悩みました。いろいろ試してみて、自分の声のハーモニーと木管楽器の組み合わせが曲にも合ってるし、自分にとっても新しいのかなと。木管をここまでフィーチャーすること自体あまりないので。
ーー木管楽器と声の共鳴がキモになっている、と。
秦:そうですね。木管の柔らかさだけではなくて、自分の声のエッジーなところ、ザラついているところも入っていて。一聴すると明るくて軽快な曲なんですけど、そのなかには切なさ、力強さがあるというか。タイトル通り、泣き笑いの両方の感情を表現したかったし、歌詞、メロディだけじゃなく、サウンドにもそれが入っているのかなと。
ーーアルバム『コペルニクス』のときもそうでしたが、アレンジャーのトオミヨウさんとの相性、本当にいいですね。
秦:トオミさんが何でもできる人だっていうのもあるけど、すごくスムーズですね。こちらのリクエストに柔軟に対応してくれるし、キャッチボールもできるので。僕と作業するときは、トオミさんのスタジオで一緒に作ってるんですよ。自分で作ったラフを持っていって、「こういう楽器を入れてみましょう」とか「ドラムとベースをこういう感じにしましょう」みたいな話をしながら、お互いにアイデアを出し合ってデモをブラシュアップしていって。
ーーまさに共同作業ですね。ポップスに対するスタンスも共通してるんですか?
秦:共通している部分もあると思いますね。「泣き笑いのエピソード」も基本はシンプルな8ビートなんだけど、細かい音がけっこう入っていて、それがリズムに対して効果的に作用してるんです。僕自身は、一聴してシンプルであっても、じつはいろんな仕掛けや味わいがいっぱい隠されているものがいいなと思っていて。そういうサウンドメイクの在り方は、トオミさんとも近い感覚でいつもアレンジ作業が出来ていると思うので。