楠木ともり、斉藤壮馬、イヤホンズ、田村ゆかり……声優ソングの多様性と可能性を味わえる4作
アニメ音楽周辺の注目新譜をキュレーションする本連載。今回は声優とアーティスト活動の関係性について考えさせてくれる作品をまとめて紹介します。声優といえば声が命の仕事なので、同じく声質や声による表現力が総体としてのイメージを大きく左右する歌手活動との相性が良いのは当然のことですが、そこに本人のパーソナリティや表現者としての資質、作詞家・作曲家・アレンジャーや制作スタッフを含めたチーム体制での制作環境といった要因が掛け合わさることで、唯一無二の個性が形作られていくことが、声優による音楽活動の魅力だと自分は考えています。そんな良さを改めて強く感じさせてくれたのが、ここでピックアップする4作品。声優ソングの多様性と可能性にぜひ触れてみてください。
最初に紹介するのは、『ラブライブ!』シリーズの虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会・優木せつ菜役などで知られる楠木ともりが、8月19日にリリースするメジャーデビューEP『ハミダシモノ』です。1999年生まれ、現在20歳の彼女は、2016年にソニー・ミュージックアーティスツ主催のオーディションで特別賞を受賞し、2017年に声優デビュー。翌2018年にはTVアニメ『メルヘン・メドヘン』の鍵村葉月役で早くもアニメ初主演を経験し、同年のTVアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』でも主人公のレンを演じ、その夏には日本最大級のアニメ音楽イベント『Animelo Summer Live 2018 “OK!”』で同役のキャラクターソング「To see the future」を堂々とパフォーマンスしました。この7月からも、『魔王学院の不適合者〜史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う〜』と『デカダンス』(ともにTOKYO MXほか)の2作品でメインヒロインを演じるなど、若手最注目の声優の一人と言えるでしょう。
そんな彼女、実は無類の音楽好きとしても知られ、中学時代は吹奏楽部でトランペット、高校時代には軽音楽部でボーカルを担当してきたほか、家族の影響で子どもの頃から昔の洋楽を含む様々なジャンルの音楽にも親しみ、過去に開催した単独ライブイベントではLiSA、ハルカトミユキ、阿部真央、KANA-BOONなどのカバーを披露したり、自身がパーソナリティを務める文化放送のラジオ番組『楠木ともり The Music Reverie』ではホール&オーツから藤井風まで新旧洋邦を問わない幅広い選曲でミュージックラバーぶりを発揮しています。
さらに以前から音楽活動にも積極的に取り組んでおり、これまでにイベント会場向けのグッズとして2枚のCD作品を発表。いずれの収録曲も自身が作詞・作曲を手がけており(一部、共作曲もあり)、アーティスト活動に対する意欲を見せていました。<SACRA MUSIC>からのメジャーデビュー作となる今回のEPには、その過去作にも収録されていた自作曲「眺めの空」「ロマンロン」のリアレンジバージョンを含む全4曲を収録。先述のTVアニメ『魔王学院の不適合者』のエンディングテーマとなる表題曲「ハミダシモノ」は、藍井エイルやASCAらへの楽曲提供で知られる重永亮介が作曲・編曲を担当したエッジーなロックチューンで、“はみ出し者=マイノリティ”としての心情や“出る杭は打たれる”世の中に対する反発心を忍ばせた歌詞は、中学時代にいじめを受けた経験があるという彼女だからこそ書ける、心を揺さぶるワードに溢れています。
夏の情景が目に浮かぶエモーショナルなギターロックに生まれ変わった「眺めの空」、変拍子のポストロック的なアレンジに乗せて自らのロマンや夢に殉ずる覚悟を描く「ロマンロン」、誰かになろうとするのではなく、自分自身を信じる気持ちを爽やかなフレイバーのロックサウンドで聴かせる「僕の見る世界、君の見る世界」と、カップリングも充実。20歳の瑞々しい感性に満ちた歌と言葉が、シンガーソングライターとしての彼女の輝かしい未来を期待させる作品になっています。
続いては、彼女と同じく<SACRA MUSIC>に所属する斉藤壮馬の配信シングル「ペトリコール」を紹介。大石昌良が書き下ろした華やかなポップソング「フィッシュストーリー」で2017年にアーティストデビューし、同年にはシングル曲「ヒカリ断ツ雨」でTVアニメ『活撃 刀剣乱舞』のオープニングテーマで初タイアップを経験するなか、2018年に発表したシティポップ〜ライトファンクなシングル曲「デート」では自ら作詞・作曲を担当、同年の1stアルバム『quantum stranger』では12曲中7曲、2019年のEP『my blue vacation』では全曲を自作するなど、徐々に音楽家としての才能を開花させていった斉藤。もともと読書家で趣味にギター演奏を挙げるなど音楽知識も豊富なだけあり、オルタナティブロックやシューゲイザー的なサウンドからアーバン&メロウなテイストまでをフォローする多彩な音楽性と、意味よりも情緒を重んじたリリカルな歌詞で、独自の路線を貫いてきました。
その彼が、この3月に発表した配信シングル曲「エピローグ」でアーティスト活動の第1章を完結。そしてこの夏、3曲連続リリースとなる“季節のうつろい”と“世界の終わりのその先”をテーマにした『in bloom』シリーズが始動し、その第1弾楽曲として配信されたのが「ペトリコール」です。タイトルに冠されたペトリコールとは、雨が降ったときに地面から漂う独特の匂いを意味する言葉。ということで楽曲も“雨”がキーポイントになっていて、柔らかな雨音が全体を覆うなか、程よいメランコリーを感じさせるしっとりグルーヴィなサウンドと、斉藤壮馬の艶やかかつ優雅に踊る歌声がマッチした、梅雨時に聴くのにちょうどいいムーディな一曲になっています。
ちなみに、冒頭からリフレインされる印象的なサックスのフレーズは藤田淳之介(TRI4TH)によるもの。他にも、ベースに越智俊介(CRCK/LCKS)、ピアノに渡辺シュンスケ(Schroeder-Headz)と豪華メンバーが演奏に参加しているほか、2番ではラップ風の歌唱が登場したり(斉藤が声を担当する『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』のキャラクター・夢野幻太郎とのリンクも感じさせます)、演奏陣によるインタープレイが高まりを生むアウトロのパートでは、子どもたちによるものと思しきコーラスが加わったりと、サウンド面での工夫も満載。また、イントロや間奏など曲の随所で聴かれるノイジーなギターは、斉藤本人がアレンジャーのSakuにアート・リンゼイの演奏動画を見せてリクエストしたとのことで(参考:原宿POP WEB)、そういったビジョンを描いて形にすることのできる音楽的な語彙力とセンスこそが、彼のアーティストとしての大きな武器なのだと感じました。