J. Lamotta すずめが考える“自由”とは何か 「曲を書くことは、私が精神的に安定するための方法」
「日本時間の20時、そちらの13時からでお願いします」とインタビューを約束していたその日の18時58分、J. Lamotta すずめから「あと3分で入るね」という一通のメールが届いた。しまった。イスラエルのテルアビブ(すずめの出身地)ではちょうど数日前に夏時間に突入したことを失念していたのだ。こちらが返信するよりも早く「あ、まだ日本では午後7時なのね。また1時間後!」とすずめ。約束の時間になりビデオ会議室に入室すると、「全然いいんだよ、どうせ一日中ここ(家)に居るだけだから」と彼女は笑った。ここ日本で緊急事態宣言が発令される以前に、テルアビブではすでにロックダウンに突入し、毎日のように政府からメッセージが届いていたようだ。すずめは毎日やることをメモ帳にリストとして書き出し、ヨガや楽器の練習などに興じていたという。「この期間に家を出ると最長で懲役6カ月になるの」と驚きの情報も飛び出した。当初は3月に来日予定だったすずめだが、そのような状況では出国なんてもってのほかだ。そんなこともあり、本インタビューはオンラインで行われることとなった(取材は3月下旬)。
J.Lamotta すずめはイスラエル出身で、ベルリンのジャカルタ・レコーズに所属する新世代のソウルシンガーだ。エリカ・バドゥやJ・ディラらを敬愛し、ビートメイキングをも自らこなすDIY型のアーティストでもある。そんな彼女の新作EP『Brand New Choice』は、4月にリリース予定であった。新型コロナウイルスの影響で発表が7月3日に後ろ倒しとなったが、当初のリリース予定を目前に控えていた彼女はこの日、同作のきっかけとなった新しい変化を含む、いくつかの事柄について話してくれた。(奧田翔)
「リスナーにも音楽を楽しんでほしいけど、これはむしろ私自身の冒険」
ーー『Brand New Choice』のインスピレーションはどこから得たのですか?
J. Lamotta すずめ(以下、すずめ):普段の生活からです。このEPは私が経験した瞬間の共有。“Brand New Choice”(まったく新しい選択)は私が人生においてもがき苦しんでした選択でした。まだ答えを持っているわけでもないけど(制作をしながら)自問自答を繰り返して、どうやったら自分がより幸せになれるかを探っていました。恋愛においても友情においても、「選択」をしなければならないし、私はその答えを知らないけど、少なくともこのコンセプトを共有することはできる。選択肢を見つける葛藤ーーこれは私にとって新しい経験になりましたね。ミュージシャン、シンガー、人として生きてきて、いつもどちらに進めばいいか、答えを知っていることばかりだったから。でも、今はいろんな可能性がある中から選択をしなくてはいけない。自分の言葉で書くことで、その答えを見つけようとしているんです。
ーー前作『Suzume』(2019年)もソウルフルな素晴らしい作品だったけど、『Brand New Choice』にはフューチャリスティックな要素もあって面白いですね。何があなたにそうさせたのですか?
すずめ:“Brand New Choice”というのは“Brand New Way”(まったく新しい方法)でもある。自分の殻を取り払って、自分がどんなアーティストになりたいかを考え、自分が在りたい自分になろうとしました。フューチャリスティックなものや、コンテンポラリーなR&Bで実験したくて、ルールに縛られず表現したかったんです。「今が実験する時だ」と思ったから。何人かのアーティストにインスパイアされて、今回のサウンドに挑戦しました。ジャズやネオソウルみたいなオールドスクールな音楽をやっていた昔の自分には、いつでも戻れるから。
ーーその影響を受けたアーティストというのは、具体的には?
すずめ:2000年代前半のR&Bです。例えばアリーヤやDestiny's Childなんかを聴いて、「こういう要素を試したい」と思いました。それから現行のR&Bの要素も入っているんですが、たとえばソランジュの最新作『When I Get Home』(2019年)は私にとって大きなインパクトだったし、今も印象が強く残っています。自分の作品を作るにあたって「ルールなんて無い、なんだってできる」と思わせてくれました。
ーーたしかにあのアルバムは実験的要素がいっぱいあるから、そこにインスパイアされたというのは分かります。
すずめ:あのアルバムは私の音楽の聴き方も作り方も広げてくれました。あと、いつもどおりオールドスクールも好きだから、ローリン・ヒルや2パックもそうだし、エリカ(・バドゥ)も……最近の作品でいえばブライソン・ティラーやサマー・ウォーカーなんかもそう。私がインスパイアされた要素を少しずつ入れた作品になっていると思います。
ーーなるほど、そうやって音楽の幅が生まれたのですね。
すずめ:このEPを何人かに聴いてもらったら、「おぉ、だいぶ(いつもの作風と)違うね。昔のスタイルのほうが好きかな」という人もいる。そういう人もいるだろうけど、私が今関心を持っているのは実験すること。もちろんリスナーにも音楽を楽しんでほしいけど、これはむしろ私自身の冒険なんです。
ーーリリックを読んでいると、詩的でありながら説明的だなと感じる部分もあります。すごく丁寧に自分のことを説明しているというか。それはどうしてだと自分で思いますか?
すずめ:曲を書くことは、私が精神的に安定するための方法だからだと思います。自分を癒してあげながら、自分と対話しているんですよね。他の人に(自分の音楽のことを)話すときでも、いつもどこかで自分の内側と話していると思ってる。言葉を書くこと、曲を書くことで私は一番満足できるんです。自分が健康に感じるために必要なプロセスなのかもしれない。
ーーなるほど。書くことがセラピーだというアーティストは多いけど、すずめさんもそうなんですね。
すずめ:たまに他人の視点から書くこともあります。それもまた自分のコアに到達する方法だと思うから。今回のEPでいえば「Can't Refuse」は、フェミニスティックな考え方を表現していて、女性であることの、普段の自分とは別の側面を映し出している。これは間違いなくサマー・ウォーカーの影響ですね。
ーーああ、分かります! 肉体的に愛を欲していることを勇敢かつ正直に表現している感じが。
すずめ:本当にそう。彼女の正直さが好きなんです。音楽を作るうえでタブーなんて無いんだ、何を言ったっていいんだと気づかせてくれるし、私も判断されることを恐れることなく物事が言える。「アーティストはこうあらなきゃならない」という固定概念は少なからずあると思うけど、彼女はその外にはみ出そうとしていると思います。