KOHH、最終作『worst』に至るまでーー動物性のゆくえ

走り抜けた先に見たもの 最終作『worst』へ

KOHH『worst -Complete Box-』(CD+Blu-ray)

 しかし、〈みんなお金の事/でもお金は必要〉(2016年『DIRT Ⅱ』収録「Business and Art」より)というリリックに象徴される通り、KOHHは次第に、自身が抱える矛盾とジレンマに引き裂かれはじめる。内面と外見、富と人気、孤独と共同体。求めるものと要らないもの。つながっていて、切り離せないもの。自らの中に想像上の秩序を形作り、二項対立を崩していくような器用さというよりは、獲物を仕留める本能的なハングリー精神でもって二項を真正面から乗りこなしリビドーを発散していくアンビバレントな彼のパフォーマンスは、とても人間とは思えない離れ業でありつつ、あまりに丸腰で痛々しくもあった。それはまさに、ビートとは異なるリズムを生み出し、ズレを快感へと導き、どこかフラフラと彷徨う(けれどそれがまた快感になる)という彼のラップそのものであったとも言えよう。動物的勘の赴くままに走り抜けたのちに、2019年には『Untitled』で、ついに〈見えないロープに縛られてる/俺たち〉(「ロープ」)と叫ぶに至る。

KOHH「Business and Art」
KOHH「ロープ」

 彼の最終作である『worst』(2020年)は、過去作に見られるようなおどろおどろしさは弱まり、消えてなくなりそうな、まるで泡のような儚さが顔を覗かせる。ラップも、どこか映画のエンドロールのようなスムースさが垣間見える。〈幸せで/寂しい〉と歌う「Sappy」のようなアンビバレントさは相変わらずだが、〈全てが手に入る欲しがらなくてもすぐ/引き寄せてく焦らず急いでく〉と歌う「ゆっくり」からは、かつての身体感覚を研ぎ澄ませた動物性は鳴りを潜めている。はっとするのは「シアワセ(worst)」で、終盤に突如見せる転調、そこで歌われる〈君だけに見せる/君だけ知っている/特別な関係/俺たちは最低/言いたいけどちゃんと/持ってく墓まで/地獄へ行ったあと/神様に懺悔〉というリリックでは、珍しく神による裁きを受け入れる自身について描かれる。これまでも「Super Star」(2012年『YELLOW T△PE 1』収録)等でリリックとして“神様”に触れたことはあったが、ここまで重く、真正面から神への言及がなされるのは初めてである。

KOHH『worst』

 淋しげだが、どこかすっきりとした感情を奏でながら、最後、本作は「手紙」で幕を閉じる。KOHHは自らを「千葉雄喜」と名乗り、マイクを置く。なるほど、KOHHは、人間となった。人間は、どこかで社会に操られている。その中で小さい根回しもする。秘密も抱える。けれども、いや、だからこそ、皆それぞれが何かに対し信仰心を持って生きている。千葉雄喜に何か信じるものがあるのならば、彼はきっとまた私たちの前に戻ってくるだろう。ただ、それが音楽であるかは、まだ誰にも分からない。

■つやちゃん
文筆家。化粧品のブランドマーケティングに携わる一方で、
様々なカルチャーにまつわる論考を執筆。
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