柴 那典の新譜キュレーション
KOHH、Dave、君島大空……新しい形のディプレッション表現する男性アーティスト新譜6選
今回のキュレーションは、日本から3枚、アメリカから1枚、イギリスから2枚の計6枚。国はバラバラだし、ジャンルもバラバラだけれど、音楽の中に一貫したフィーリングを感じるセレクトにしたつもり。
それは、自分自身の内奥と向かいあう表現になっている、ということ。結果的に、男性ソロアーティストによるまったく新しい形のディプレッションの表現とも言うべきキュレーションのテーマになった。ここ数年、力強く開放的な女性アーティストが目立つ一方、ラッパーにしてもシンガーソングライターにしても、男性アーティストにどこか抑鬱的なトーンを感じることが多い。
そして僕はそういう表現がとても好きで、だから陽気で心地いいポップソングばかりがヒットしている世の中よりも、昨今は少し生きやすい気がしている。
KOHH『UNTITLED』
2月にサプライズリリースされたKOHHの新作には本気でノックアウトされた。昨年には勝手に現代のカート・コバーンだと思ってたXXXTentacionが突然に死を遂げてしまって、本当に悲しい思いをしていたんだけれども、KOHHの新作は、まさにそういう存在を驚くほどの説得力で引き受ける一枚だった。
なにより最初の3曲が最高。冒頭の「ひとつ」は、宇多田ヒカルの「忘却 featuring KOHH」でも垣間見せていた彼の死生観を歌い上げる一曲。ドラマティックなストリングスに乗せて、宗教的なリリックが綴られる。「Imma Do It」は畳み掛けるフロウに圧倒される一曲。〈俺は生きるカートコベイン〉〈たまに紫色コデイン〉のリリックもいい。そして「I Want a Billion feat. Taka(ONE OK ROCK)」はONE OK ROCKのTakaを迎えた一曲。2000年代のエモやヘヴィロックと2010年代のラップミュージックを接続した曲として、これ以上の説得力を持つ曲はなかなかないんじゃないだろうか。
そしてラスト「ロープ」がすさまじい。〈今は縛られてるロープ/自由にさせてくれよ〉〈君も縛られたくはないだろ?/すぐ自由になれるよ〉と繰り返す、切迫感と切実さに満ちた1曲。サウンドやビートも先鋭的なのだけれど、その印象を全てふっ飛ばしてKOHHの叫び声が力づくで胸を揺さぶる。
KOHHはいまや日本を代表するラッパーだし、フランク・オーシャンなどビッグネームとも呼応し世界的な存在になりつつあるけれど、僕はそこに勝手に1980年代の尾崎豊やTHE BLUE HEARTS、そしてもちろん90年代のNirvanaに通じ合うものを感じたりもしている。つまりは抑圧されたティーンの心情を引き受けて全部燃やし尽くしてしまうようなエネルギーに満ちた音楽だということ。
今年上半期のベストアルバムになりそうな予感がしてる。
Dave『PSYCHODRAMA』
サウスロンドンを拠点に活動するラッパー、デイヴのデビューアルバム。これまで『Six Paths』と『Game Over』という2枚のEPが本国で高い評価を集めていたのだけれど、僕が知ったのはこの作品を聴いたのがきっかけ。これも、心の奥の方をえぐるような1枚だ。タイトルの「サイコドラマ」というのは、心理療法のこと。その言葉の通り、ある種の演劇的な手法を用いて自身の内的な心象風景を綴るコンセプチュアルなアルバム。そこには、とてもダークな楽曲が並ぶ。トラックにも声にも、切実な、だからこそ沈痛なテイストがにじむ。それに、とても惹きつけられる。
社会に鋭く切り込む表現も冴える。リード曲「Black」は英国社会で黒人として生きる現実について綴ったナンバー。
そして、アルバムのハイライトは11分を超えるビートレスの大曲「Lesley(feat.Ruelle)」だろう。恋人に暴力や虐待を受ける女性の物語を、まるで映画音楽のような迫力のあるストリングスとピアノに乗せて綴っていく。
ストームジーがグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーをつとめるなど、いよいよ本格的になってきたUKグライムのムーブメント。このデビュー作で全米/全英初登場1位を成し遂げてしまった彼が2020年代の主役の一人になるのは、どうやら間違いなさそう。
君島大空『午後の反射光』
これが初音源となる24歳のシンガーソングライター。彼も驚くべき才能だと思う。一聴して、歌の身体性というもの、そしてその詩情をこんなにも自由に、かつ繊細に捉えている人がいるんだと恐れ入った。音楽性は異なるけれど、印象としては、七尾旅人や青葉市子に最初に出会ったときの感触に近い。
MVも公開されている「遠視のコントラルト」はブルージーなギターリフとどっしりとしたドラムが骨組みになっているサイケデリックなナンバーなのだけれど、そこから漂うバンドサウンドの風合いはあくまで彼の一面に過ぎない。
組曲のような構成を持つ7分超の大曲「午後の反射光」を筆頭に、他の曲は密室感あるアコースティックギターの響きを軸に、打ち込みも生音もフラットに用いる自由な成り立ちを持っている。そしてどの曲でも、中性的な美しさを持つ彼のボーカルがポイントになっている。歌うという行為が本来的に持つ情動と自意識を、徹底的に漂白したような声だ。
当サイトで小野島大さんによるインタビューが公開されているが(参考:君島大空が語る、自身のルーツや曲作りに対する視点「僕の音楽では歌はひとつの要素でしかない」)、やはり、とても意識的にこういう声、こういう音楽に辿り着いたらしい。そして、その音楽の根底にあるのは、なんらかのスタイルやフォーミュラではなく、彼自身の内面世界なのだという。そういう意味では、次の作品がまたどんどん楽しみになる。
ちなみに、僕が君島大空の名前を知ったのは崎山蒼志の絶賛がきっかけなのだけど、彼といい長谷川白紙といい、新しいタイプの男性シンガーソングライターの才能がどんどん登場してきている感がある。
James Blake『Assume Form』
今夏にフジロックでの来日も決まっている、ジェイムス・ブレイクの4枚目のアルバム。彼について語るべきことは沢山ある。その音楽性の重要なポイントはゆっくりとしたビートでずしんと響く低音のサウンドで、その音響の革新性があるからこそフランク・オーシャンやケンドリック・ラマーといったビッグネームと一緒にポップシーンの最前線を切り開いているわけでもある。
で、本作にもそういう新しさは沢山ある。たとえばメトロ・ブーミンとトラヴィス・スコットを迎え北米のメインストリームの動きに呼応した「Miles High」とか、スペインのロザリアを迎えた「Barefoot in the Park」とか、かなり意欲的な楽曲が並ぶ。
ただ、僕が心底グッときたのは、プロデューサーとして引っ張りだこであるはずの彼が、シンガーソングライターに徹して、あくまで歌を中心に据えたアルバムを作ったということ。加工されたボーカルを用いつつ、それでしか表現できないタイプの孤独でバルネラブルな心情を表現している。
それがラスト2曲の「Don’t Miss It」と「Lullaby for My Insomniac」。
〈世界は僕を遮断した〉という一節から始まる「Don’t Miss It」は、自分自身が全てで、わずらわしい沢山のことから逃れ、外にも行かず、好きなときに寝て、という独白が続く。けれど、曲の最後で「だけど、そのせいで見逃してしまうんだ。僕みたいに」と歌う。深い悔恨が伝わってくる。
そして「Lullaby for My Insomniac」は「不眠症のための子守唄」というタイトルの通り、〈眠れなくても、それは失敗じゃない〉〈僕も一緒に起きているから〉と、眠れぬ夜を過ごす人に優しく寄り添うような歌。極限まで音を削ぎ落とし、最終的には、ゴスペル的なハーモニーを奏でる声だけが残る。とても感動的。