ビリー・アイリッシュの音楽の根底に流れるビートルズの遺伝子 エピソードやリリース楽曲から辿る

「パパはよく、自分の好きな曲を入れたミックステープを私たち兄妹に作ってくれた。そこにはアヴリル・ラヴィーンやLinkin Park、Green Dayなんかが入っていて……あと、大量のThe Beatlesね。The Beatlesは私の成長にとって、めちゃくちゃ重要な存在だった」(参照:Nardwuar vs. Billie Eilish)

 ビリーがフィニアスと共に“大のビートルマニア”になったのは、上記の発言どおり父親の影響である。9歳の時にはホームスクールの学芸会で、「Happiness Is A Warm Gun」を披露したというから筋金入り。1968年にリリースされた2枚組のアルバム『The Beatles』(通称『ホワイト・アルバム』)の中で、最もヘヴィでプログレッシブなこの曲を筆頭とする『ホワイト・アルバム』のエッセンスは、昨年3月にリリースされた彼女のデビューアルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』の中にも生々しく息づいている。

 たとえば「Xanny」。ベースが半音ずつ下降していくクリシェや、「ここぞ」というタイミングで用いられるサブドミナントマイナーなど、和声の雰囲気は「I'm So Tired」に非常によく似ている。「Happiness Is A Warm Gun」も「I'm So Tired」も、さらに言えば「Sexy Sadie」も、当時ヘロインを常習していたとされるジョン・レノンのペンによるものだが、これらの楽曲が共通して持つ「引きずるようなビート感」や「不穏な和声」は、中後期The Beatlesの特徴の一つとして、たとえばレニー・クラヴィッツの「I Build This Garden For Us」(1993年)や、Blurの「Beetlebum」(1997年)、Radioheadの「Karma Police」(1997年)、そしてフィオナ・アップルの「The Way Things Are」(1999年)といった楽曲を経由し、ビリーにまで受け継がれているのだ。

 ちなみにビリーのサウンドプロダクションやアレンジは、先日ニューアルバム『Fetch The Bolt Cutters』をリリースしたばかりのフィオナ・アップル(特に初期)ともよく比較されている(たとえば「Bad Guy」と「Criminal」には多くの共通点がある)。当時フィオナのプロデューサーを務めたジョン・ブライオンは“生粋のビートルマニア”としても知られ、Jellyfishのレコーディングに参加したのち、元相方のエイミー・マンとTil Tuesdayを結成。エリオット・スミスやバッドリー・ドローン・ボーイなどを手がけ、グレタ・ガーウィグ監督作『レディ・バード』(2017年公開)など映画のサウンドトラックも手がけているが、楽器の使い方やSE(サウンドエフェクト)の散りばめ方など、The Beatles的な影響のアウトプット方法が、ジョン・ブライオンとビリー・アイリッシュ(および兄のフィニアス・オコンネル)はとてもよく似ているのだ。

 他にも「All The Good Girls Go To Hell」の跳ねるようなリズム、軽やかなピアノのコードバッキング、カウンターメロディのごとく動き回るベースラインなどは、ポール・マッカートニーの作風(The Beatles時代の「Your Mother Should Know」や「Rocky Raccoon」、Wings時代の「Mrs. Vandebilt」)を彷彿とさせるし、ウクレレから始まる「8」は、近年ポールがライブでセルフカバーしているThe Beatlesの「Something」(作曲はジョージ・ハリスン)のアレンジに近い。そういえば、ジェームズ・コーデンの『The Late Late Show』の大人気コーナー「Carpool Karaoke」にゲスト出演したビリーは、The Beatlesの「I Will」をウクレレで披露していた。

Billie Eilish Carpool Karaoke

 アルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』のミックスを手がけたロブ・キネルスキーは、ビリーたちとのレコーディングを振り返り、このように語っている。

「このアルバムで何か感じたものがあるかと言われれば、間違いなくThe Beatlesです。僕はそのバイブスを感じ取っていたし、彼らもThe Beatlesを聴いていたことは明らか。面白いことに、ビリーとフィネアスはThe Beatlesのように大胆不敵で、自分らのやりたいようにやる人たちなんです」

 数カ月前、Instagramのストーリーズに突然ビリーが自分の楽曲の「元ネタ」を挙げていて、それによればたとえば「Xanny」はダニエル・チェイサーの「Japanese Denim」やファイストの「So Sorry」、LCD Soundsystemの「New York, I Love You But You're Bringing...」などから、また「8」はスウェルの「I'm Sorry Feat. Shiloh」やSZAの「Drew Barrymore」などからインスパイアされたようだ。『Noisey』では、チャイルディッシュ・ガンビーノを「神」と崇めるなど、ビリーの音楽には言うまでもなくヒップホップをはじめR&Bやベースミュージック、トラップなどの影響が色濃く反映されている。しかしその根底には、遺伝子レベルで刷り込まれたThe Beatlesのエッセンスが息づいているのは間違いないだろう。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。ブログFacebookTwitter

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