宇多田ヒカル『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』主題歌が今胸に響く理由 あらゆる人々の寂しさを受け止める“願いの歌”

 『:序』は内容的にTV版シリーズの序盤の物語をほぼなぞったもので、主人公の碇シンジは、疎遠関係にあった父・碇ゲンドウに突然理不尽とも言える役割(エヴァンゲリオンに搭乗して使徒と戦うこと)を担わされ、そこから逃げ出したい気持ちや自意識との葛藤、家族を含む他者との関係性の軋轢に揉まれながら、悩み、もがき、苦しむことになる。その従来の主人公(ヒーロー)像からかけ離れた不安定な姿は、現代社会を生きる多くの人にとって鏡のように映るかもしれないし、あるいは「トップアーティスト」という孤高の存在だったが故に、どの曲のなかにもある種の「他者とのディスタンス」を内在させていた、(2007年当時の)宇多田ヒカルとも共鳴する部分があったのだと思う(余談だが、宇多田は本楽曲を発表する少し前の2007年3月に、映像作家の紀里谷和明との離婚を経験している)。

 だからこそ、『:序』のラストを飾るテーマソング「Beautiful World」は、誰かとの繋がりを強く求める「願いの歌」になったのだろう(〈もしも願い一つだけ叶うなら 君の側で眠らせて どんな場所でもいいよ〉)。それはシンジの心情と楽曲をシンクロさせることで生まれた、宇多田自身の願いだったのかもしれないし、逆に宇多田本人にもシンジにも直接寄せたわけではない、どこか曖昧としたシチュエーションの歌詞だからこそ、あらゆる人々の寂しい心を受け止める「願いの歌」として成立したのだと思う(〈Beautiful boy 自分の美しさ まだ知らないの〉というフレーズはシンジを連想してしまうが)。また、マイナー調のエモーショナルなメロディ、特にサビ部分で顕著なファルセットを織り交ぜた歌唱、シンセやハーモニーを重ねた透明感と浮遊感のあるサウンドメイクからも、何かを希求するような切実さが伝わってくる。

 そして、そんな心境にあってなお、〈It's only love〉と声高に愛を叫び、〈Beautiful world〉と世界の美しさを信じることこそが、『:序』や『:破』で描かれているテーマとリンクするものではないだろうか。それは、例え海が赤く染まり、絶望的な状況に置かれていたとしても、人との繋がりが美しさを育むということ。例えば『:序』の終盤、シンジは煮え切らない思いを乗り越えてエヴァ初号機に搭乗することを決断、綾波レイと連携して使徒を撃退することで、ゲンドウ以外の人間には心を開くことのなかったレイとの距離を縮めることになる。

 続く次作『:破』でシンジは、(TVシリーズの第25話・第26話に連なる)自意識の呪縛から抜け出し、一度は逃げ出した初号機のパイロットとして、使徒に立ち向かい、レイを救い出す。まるでヒーローのように。このときの葛城ミサトの言葉「いきなさいシンジくん! 誰かのためじゃない! あなた自身の願いのために!」という名セリフに、「Beautiful World」の歌詞を連想した人は、きっと自分以外にもいるはずだ。さらに『:破』のテーマソング「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」は、原曲とは違ってバンドアレンジによる地に足の着いたサウンドに仕上がっており、人間味を感じさせるクラップの音を含め、自らの意志で「願い」を勝ち取ったシンジを賞賛するような楽曲にも聴こえる(その新たなシンジ像は、次作『:Q』で覆されることになるわけだが……)。

 そういった意味において、宇多田ヒカルの「Beautiful World」は、例え歌詞の中に『エヴァ』を示唆するワードが盛り込まれていなくても、『エヴァ』のテーマソングに相応しい楽曲と言えるし、むしろ『:序』や『:破』とあわせて楽しむことでしか生まれえない奥行きが、歌詞やサウンドに備わっているように思う。それはひとえに、彼女の『エヴァ』に対する愛情や情熱の深さが故だと思うし、だからこそ2012年公開の『:Q』では、当時「人間活動」のために活動休止中だったにも関わらず、例外的に「桜流し」という新曲をテーマソングとして書き下ろしたのだろう(なお、この曲に関しては2011年に起こった東日本大震災のことも意識して書いた曲だと宇多田自身が公言している)。

 公開延期となった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』については、まだテーマソング周りの情報が明かされておらず、宇多田が本作に関わっているかはわからないが、これまでの3作品の流れやエヴァとの相性を考えるに、やはり彼女の歌声を期待してしまうところ。アフターコロナの世界においても美しくある、そんな楽曲を、宇多田ヒカルならば歌ってくれるのではないだろうか。

■流星さとる
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