『Möbius Strip』インタビュー

KEN ISHIIに聞く、テクノアーティストとしての分岐点「ずっと好きだろうなって思えるものを作りたい」

 KEN ISHIIが11月27日に13年ぶりの新作『Möbius Strip』をリリースした。その間、FLARE名義での2枚のアルバムを出し、またKEN ISHII名義でも、他アーティストが手がけたリミックスバージョンを除くオリジナルバージョンだけでも40曲近いダンストラックを発表してきたが、彼には単曲ではなくアルバム単位で表現したいものがあった。どこを切ってもKEN ISHIIらしさが溢れるこのアルバムは、彼がこれまで培ってきた知見、世界中をレコードバックひとつ持って旅してきた経験が反映された、バラエティに富み豊かな色彩を放つ大傑作だ。ジェフ・ミルズ(JEFF MILLS)やドゼム(DOSEM)、Go Hiyama(日山豪)といった参加アーティストも、コラボの必然性を感じさせる。

 アルバムタイトル『Möbius Strip』についてKEN ISHIIは公式コメントで「音楽作りには答えが無く、表も裏も無い」「そして自分にとって無限に続いていくものだ」「まるでメビウスの帯のように」と語っている。

 なお、 FLARE名義の新作『Leaps』がリリースされた2015年にもリアルサウンドでインタビューしているので、合わせてお読み頂きたい。(小野島大)

【合わせて読みたい】
ケンイシイが見据える、テクノシーンでアルバムを出す意味 「DJとして売れるためには、アルバムは全然必要なくなってる」

「(僕が思う自分らしさは)自由にやっているところ」

ーーなんと『Sunriser』以来、KEN ISHII名義としては13年ぶりのアルバムです。

KEN ISHII(以下、ISHII):アルバムを出すってことは、自分のアーティストとしての存在証明的な部分があるんじゃないかと思うんです。あるいはクリエイティビティ全体のイメージを見せるというか。ただいっぱい曲ができたので出していきますっていうのは違う。ビジュアルひとつ取っても、あるいは映像でもいいんですけど、まとめてちゃんと発表できる場が欲しかった。そしテクノも結構いろいろと細かくトレンドが流れていく中で最終的には自分はこれだ、次まとめて出すとしたらこれだ、っていうひとつの結論が出るまでに結構時間がかかりました。これで行こうと自分の中で固まってきたのが3年くらい前。それがある程度できて、曲もある程度できてきた中で、しっかり音楽以外の部分も併せて出せる場を作るのに時間がかかったという感じです。

ーーKEN ISHII名義で出している楽曲(ダンストラック)も沢山あるわけですが、その先にアルバムとしてまとめるとか、そういうつもりは全然なかったっていうことですか。

ISHII:今となっては全然ないですね。10年くらい前まではチラっと考えてたんですけど、今はたぶん音楽レーベル自体がそういうことを考えていない。アーティストひとりの音楽性をプッシュするっていう感じではなくて、レーベルの音楽性にハマるアーティストを次から次へと出していくスタイルになってる。そういう意味ではひとりのアーティストをじっくり腰を据えてプッシュすることが少なくなってきて、楽曲の賞味期限がどんどん短くなってる。僕が他のレーベルで出すEPはリクエストに応じて、その時のテクノのトレンドにちょっと寄せて出したりしていたんだけど、アルバムにそういう曲を入れるつもりは一切なかった。自分で好きに作っていたものの中で、本当に好きなものだけをアルバムにしたいと思いました。

ーー3年前に方向性が定まってから具体的にはどういう作業になっていったんですか。 

ISHII:音楽的に作りたいものはなんとなくぼんやりと頭の中にあって、何かカラフルな響きがするもの。たぶん今の若いファンが思い浮かべるテクノって、ダークでビートがしっかりしている、いわゆるシンセっぽい感じでスタイルが大体決まっているんです。だけど僕みたいにYMOとかKraftwerkに最初に感化されて、デトロイト・テクノみたいなものでスタイルが決まった人間からすると、もうちょっとファンキーさというか、豊かな色を入れていきたいなと思うんですね。だからそれを具体化していく作業ですね。

ーーアルバムとしては『Sunriser』以来ということになるんですが、前作との連続性みたいなものは考えるものなんですか?

ISHII:いや……考えてないです(笑)。ただ、『Sunriser』を作っていた時もトレンドとか考えてなかったので、結果的に似ている部分はあると思います。音色とか、プログラミングなど自分の手癖とかも含めてね。

ーーこれを聴かせてもらって、そういう意味で実にKEN ISHIIらしい作品だなと。

ISHII:ありがとうございます。まあ、そう言ってもらうのが一番ですね。

ーーそれは要するに我々がイメージするところのKEN ISHIIらしさがこのアルバムに出ているっていうことでもあって。ただ、我々リスナーが思っているKEN ISHIIらしさと、KEN ISHII自身が思うKEN ISHIIらしさにはズレもあるようにも思うんですけど、どうですか。

ISHII:その辺のズレは感じることもあります。実際にこのアルバムは普段DJとしてプレイしているものと必ずしも一緒ではないし、たぶんクラブに来てくれるお客さんは、僕がこういう音楽を作っているとは知らないかもしれない。仮に出されても興味を持たないかもしれないんだけど、そこはズレがあるってわかっている上で両方やっていこうっていう感じですよね。僕ならではの音楽を好きでいてくれる人もどこかにいるはずだという、望みを抱きながらこちらもやっています。

ーー自分が思うKEN ISHIIらしさってなんだと思いますか。

ISHII:これまで自分はすごくラッキーだったと思っているんだけど、曲作りにしても活動にしても、嫌なことを全然やっていない。たまに疲れを感じながらも出なきゃいけない時も無くはないけど、音楽的な部分では、自分が本当に好きなことだけをやり続けてここまで来れていることを思うと(僕が思う自分らしさは)自由にやっているところなんじゃないかと思います。

ーーたとえば楽曲を作る時に、これはFLAREの楽曲だとか、これはKEN ISHIIの楽曲だとか、これはそれ以外の楽曲だとか、ある程度選別しながら作っているんですか?

ISHII:最初にお題がある場合はそうですね。横の繋がりのあるレーベルとか、仲間のアーティストから頼まれてこういうものを作ってって言われたら、多少そういうこともあります。ただ、FLAREに関しては自由ですし、FLAREのアルバムと自分のオリジナルアルバム用の曲で言えば、出発点はそんなに違わないかもしれない。だんだん肉付けしていく過程で大分違ったものになることは多いので、結局は違う音になることは多いですね。

ーー(ISHIIさんは)いろいろと音を加えていくほうですよね。そのよさが今回のアルバムはよく出ていると思います。さっき話されていたような、カラフルで多彩な豊かさがある。

ISHII:だと思いますね。削ぎ落としていくよりかは、加えたいほうかもしれないですね。

ーーFLAREのアルバムとの、音楽性との兼ね合いはどういう風に考えていますか。

ISHII:KEN ISHIIのアルバムだと好きなことをやっても、ある程度大勢の人に聴いてもらいたいっていう気持ちが根底にあります。あとは「自分が考えるテクノとはこういうものだ」というマニフェストでもあるんですけど、FLAREの場合は、テクノとかもあんまり意識していないというか。形にこだわらないところがある。FLAREは究極的には誰にも聴いてもらえなくてもいいというか。自分が本当にその時に好きなことをやって、ある意味で出しっ放しっていう感じですよね。だからスタイル的にも、たぶんKEN ISHII名義だったらちょっと落としていたような曲も、入っているかもしれないですね。

ーーFLAREのほうがエクスペリメンタルですね。

ISHII:そうですね。ただ、暗かったり聴きづらいエクスペリメンタルなものじゃなくて、組み合わせのエクスペリメンタル。本来の意味でのフリースタイル、自由に枠を取っ払っていくイメージですね。

ーーなるほど。FLAREとはタイプが違いますが、エクスペリメンタルな曲は今回のアルバムでもやっていて、たとえばGo Hiyama(日山豪)さんとの「Silent Disorder」などはそういう曲です。

ISHII:彼がハードテクノをやっていたころからの知り合いなんですけど、ここ最近はアートの方面で実験的な音楽をやっていて、その作品がすごく好きだったんです。「そもそも自分はこういう音楽を作ってみたかったんだよな」って思わせてくれる。そういう実験性は自分も今よりもっと持ってたよな、って思い出させてくれる存在なんですよ。

ーーデビューアルバムの『Garden On The Palm』(1993年)の頃ですね。そのままエクスペリメンタルな方向に行こうと思えば行けたわけでしょう。そうじゃなくてレコードバッグを持って世界中を旅して、DJとして頑張るっていう方向に行ったわけですが、それはどこが分岐点だったんです?

ISHII:90年代の後半に『Jelly Tones』(1995年)である程度知ってもらえるようになったんですけど、どんどん大きくなるにつれ、必ずしもこれは元々自分がやりたかったことじゃないなって思うようになった。自分が本来やりたかったことはなんだろう、もう1回原点に帰りたいと思ったんです。もともと自分が好きだったのがデリック・メイだとかジェフ・ミルズだし、彼らのように自分の腕ひとつで行くのがいいなと思って。で、エクスペリメンタルなものは常に作ってみたいっていう気持ちはあったんですけど、まず最初にテクノでデリック・メイみたいな見本がいるとしたら、そことエクスペリメンタルって必ずしも両立しないのかなって思ったんですね。僕はいまだにAutechreがやっていることはカッコいいと思うし、あっちのほうに行ったらカッコいい存在であり続けられると思うんだけど、そのエリアからずっと抜け出せないだろうなとも思った。自分はもっとテクノを楽しみたいし、やっぱりインターナショナルに旅して、プレイしていろんなところを見て周る楽しさを知りたいから。自分の経験を大きく豊かにしていくことーー音楽的な経験だけじゃなくて、いろんなものを見てみたい。かつテクノで世界を知ることができるなら、それが一番だろうと思った時に、自分の腕ひとつでプレイして周って稼いで、自分の好きな音楽を作り続ける。それができるのはエクスペリメンタルというよりもこのスタイルだなってことを2000年くらいに思って。そこが分岐点ですね。

ーー作品としてはエクスペリメンタルなものを続けて、一方でDJとしてダンスフロアを踊らせるっていう、両輪で行くこともできたわけですよね。やっぱりフロアでDJとしてやっていることと、自分の作品が地続きでなければならないっていう思いがあったんですか?

ISHII:地続きであれば理想なんですけど、テクノって本当に世界中に広がっていて大きいジャンルだし、生半可な気持ちではいけないんですよね。両方少しずつやっているようじゃ絶対無理というか両方とも失敗する。エクスペリメンタルなものを突き詰めて、ある意味自分だけの方向性で行けば孤高の存在でずっといられると思うんですけど、一方でテクノって不特定多数を踊らせてナンボなわけで、そういう競争の中に自分を放り込まないと生きていけないから。そこはしっかりやらないといけないっていうのがあると思います。

ーーAutechreもいろんなものを捨てて、本当にストイックにエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックを突き詰めてますからね。

ISHII:彼らのやっている音楽はカッコいいけど、本当はもう少し普通のことをやりたいんじゃないのかなって、アーティストとしては思うことがある。彼らとも昔よくイベントやフェスティバルで一緒になっていたんだけど、すごく明るくて全然気難しい感じじゃないの。明るくてビールばっかり飲んでいる、普通のナイスガイなんですよ。みんなでべちゃくちゃ喋ってて。だから本当はもっと普通に、クラブでイエーイ! ってやりたいんじゃないかなって思うんだけど。

ーー照明全部消した暗闇ライブじゃ、なかなかイエーイ! にはならないですね(笑)。

ISHII:あそこまで行ったらあれを極めるしかないと思うので。そういうポジションでいいか悪いか、好きか嫌いかっていうところですよね。僕はもっと世界を周って、いろいろ経験したい気持ちが強かったかもしれないですね。

関連記事