THE BACK HORN『カルぺ・ディエム』評 4人のクリエイティビティが一層結合した新境地

 THE BACK HORNが、10月23日にニューアルバム『カルぺ・ディエム』をリリースした。タイトルの「カルぺ・ディエム」は、古代ローマの詩人・ホラティウスの詩のなかに記された語句。「一日の花を摘め」という意味から、「その日を掴め」「今この瞬間を楽しめ」「今という時を大切に使え」と訳されている。THE BACK HORNのメンバーはこの言葉をさらに飛躍させ、「今を掴め」と解釈しているという。生きることの刹那と愛しさ、素晴らしさを表現し続けて彼らにとってこのタイトルは、原点回帰であると同時に、新たな表現の地平を切り開こうとする意志に現れでもあるのだろう。いずれにしても、この題名がこれほど似合うバンドは他にはいないと思う。

 昨年2018年結成20周年を迎えたTHE BACK HORNは、ベストアルバム『BEST THE BACK HORN Ⅱ』、ミニアルバム『情景泥棒』、作家・住野よるとのコラボレーションプロジェクトから生まれた配信シングル「ハナレバナレ」、インディーズ時代の楽曲を再レコーディングした『ALL INDIES THE BACK HORN』などをリリース。これまでの軌跡を振り返るとともに、これまでとは違う音楽性へも果敢にアプローチし続けてきた。また、昨年8月から今年2月にかけて行われた全国ツアー『THE BACK HORN 20th Anniversary「ALL TIME BESTワンマンツアー」〜KYO-MEI祭り〜』、そのファイナルである日本武道館公演を通し、バンドを支え続けているオーディエンスと相対したことも、メンバーの4人に大きな感動をもたらしたはず。そこでの刺激や創造性はもちろん、本作『カルぺ・ディエム』にも大いに反映されている。

 先行配信楽曲「心臓が止まるまでは」「太陽の花」「果てなき冒険者」を含め、すべて新曲で構成された『カルぺ・ディエム』の最大の特徴は、4人のメンバーのクリエイティビティがこれまで以上に結合し、有機的な化学反応を生み出していること。メインソングライターの菅波栄純を中心に、山田将司、岡峰光舟、松田晋二が作詞・作曲にさらに深く関わることで(11曲中4曲はメンバー同士の共作だ)、バンド全体の世界観、歌詞の表現、サウンドメイクが大きく広がっているのだ。昨年の活動のなかで彼らは、「この先、4人でやれることは何か?」という命題と向き合ったはず。その最初の成果と言えるのが、このアルバムなのだと思う。

 では、個人的に印象に残ったいくつかの曲について記していきたい。まずは「金輪際」(作詞・作曲:菅波栄純)。猛烈なグルーヴを生み出すスラップベース、激しく歪んだギター、骨太にしてしなやかなドラムがひとつになったアンサンブルとともに放たれるのは、どうしようもない疲労感に苛まれた日常を送りながら、儚い光を求め続ける姿を描いた歌。ライブでの高揚感が目に浮かぶこの曲は、「今を掴め」というアルバムのコンセプトに直結していると思う。

 「鎖」(作詞・作曲:山田将司)は、始まった瞬間にトップスピードに達するアッパーチューン。高速のビートと伸びやかなメロディのコントラストには、山田将司のソングライターとしての特徴が示されている。過酷な世界を照射しつつ、〈あなたがいるなら音を鳴らすよ〉と宣言する歌詞も強烈。根底にあるのはもちろん、オーディエンスに対するあまりにも真摯な姿勢だ。

 岡峰光舟が作詞・作曲を手がけた「フューチャーワールド」は、THE BACK HORNの新機軸と言えるナンバーだ。ファンク、ヘビィロックが交互に現れる構成の軸になっているのは、もちろん岡峰のベース。獰猛にして滑らかなフレージングは、ベーシストとしての豊かな才能を感じさせてくれる。また、ディストピア的な未来に向かって突進している現代社会をシニカルに描いた歌詞もインパクト十分だ。

 作詞家・松田晋二の個性が示されていることも、本作の魅力。「ソーダ水の泡沫」(作詞:松田晋二、作曲:岡峰光舟)は、思春期と呼ばれる時期の夏の情景を映し出すミディアムチューン。ノスタルジックな叙情性がたっぷり含まれた旋律とともに、“この時間は永遠ではない”という切ない感情を描いたこの曲は、THE BACK HORNの音楽にある切なさ、儚さを改めて浮き彫りにしている。

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