稲垣吾郎の声に酔いしれるチャンス到来 『クリムト展』音声ガイド、13年ぶり声優業の挑戦

 そして、もうひとつ驚いたのが、現在公開中の映画『海獣の子供』で、声優に挑んだのが実に13年ぶりだということだ。本作は、周囲に思いをうまく伝えることのできない14歳の少女・琉花を主人公に、ジュゴンに育てられたという少年・海(うみ)と空(そら)との出会い、そして海を舞台に繰り広げられる不思議な“ひと夏”を描く体感型ムービー。

 物語のテーマは、「生命の神秘」「命の誕生」「宇宙」…… と言葉にしてしまうと、ひどく壮大に感じられるが、 誰もが考える「自分とはどこから来て、どこに行くのか」という身近なもの。14歳という子供でも大人でもない、あるいは子供でも大人でもある思春期。誰もが自我の目覚めとともに、自分が何者なのかを考えたことがあるはずだ。自分と世界とを区切る境界線に戸惑い、繊細に傷つき、全力で生きるなかで見えてくる、言葉にならない何かを感じ取ることを楽しむ作品だ。

 『鉄コン筋クリート』『ムタフカズ』のSTUDIO4℃らしい躍動感溢れる映像美、そして久石譲による幻想的な音楽、米津玄師による主題歌……と、各界の才能が集結。声優陣も主人公の琉花を芦田愛菜が、琉花の母親・加奈子を蒼井優が演じるなど、豪華キャストで話題だ。稲垣が演じたのは、琉花の父親・正明役。

 本編を見る際には、“稲垣吾郎が演じている正明”と意識していたにも関わらず、登場した稲垣の声は、肩透かしを食らうほど自然に登場人物の中に溶け込んでいた。だが、やはりその奥に耳をすませば、たしかに稲垣の持つ甘さと渋さを見つけることができる。

 声優としてのブランクを感じさせることのない演技は、もしかしたら正明のキャラクターが、どこか稲垣自身に投影できるからかもしれない。水族館に勤務し、妻と娘と別居中の正明は、久しぶりに会った家族にも、おびただしい数の深海魚が打ち上げられた風景を前にしても、娘がなかなか帰ってこなくても、うろたえることはない。

 バタバタするのを嫌い、非効率的な状況にイラチ(イライラ)する、そんな稲垣と重なって見えた。日ごろから稲垣が纏う、そのフラットな姿勢が世間一般的な生活感を薄め、ファンタジー作品のキャラクターとの相性がよかったのではないだろうか。

 奇しくも、稲垣がSMAPとしてデビューしたのが14歳のとき。主人公・琉花が海の中で宇宙を感じたのと同じ年に、芸能界という世界に飛び込んだのだ。思ったことがうまく伝わらないことも、大きな渦に飲み込まれそうになりながら、自分が何者かをもがいたのではないか……と、琉花と稲垣少年を重ねて想像するのも、鑑賞後のもう一つの楽しみ方かもしれない。

 ベートーヴェンとクリムト、『海獣の子供』と14歳のデビュー……そんなふうに作品と人生の出来事とがリンクしてしまうのは、国民的スターならではの引きの強さなのか。それとも、 何か不思議な力がはたらいているからなのか。そんな答えのない問いを、稲垣の声を聞きながら思いを馳せてみる“ひと夏”もまた、おつではないだろうか。

(文=佐藤結衣)

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