マーヴィン・ゲイが歴史的名盤の後に目指したサウンドとは? 柳樂光隆の『You’re The Man』分析
実は本作はジャズとの繋がりがある音源が収録されているのも面白い。チャレンジングなサウンドをいろいろやっているマーヴィン・ゲイだが、スティーヴィー・ワンダーやダニー・ハサウェイのようなわかりやすいジャズとの接点は見当たらない。本作に収められた「Where Are We Going?(Alternate Mix 2)」と「Woman of The World」がその2曲。ちょっと変わったアレンジのこの2曲は、フレディー・ペレンとフォンス・ミゼルの2人が手掛けている。二人ともモータウンの専属の作曲家で、名曲を生み出しているが、それよりも重要なのはフォンス・ミゼルがラリー・ミゼルとセットでミゼル・ブラザーズと呼ばれていて、彼らはスカイ・ハイ・プロダクションというプロダクションチームを結成し、数々の名曲を生み出し、レアグルーヴ以降、再評価されたヒップホップにとって重要な存在であるということ。
中でも有名なのはラリー・ミゼルのハワード大学時代の教師だったジャズトランぺッターのドナルド・バードがハワード大の生徒を中心に結成したバンドともにジャズの名門<ブルーノート>からリリースした1973年の『Blackbyrds』以降の作品群だ。そこからドナルド・バードは『Street Lady』『Stepping Into Tomorrow』『Spaces and Places』と傑作を次々にリリースしていくが、それらはすべてミゼル・ブラザーズが手掛けている。それ以外にもボビー・ハンフリー、ジョニー・ハモンド、ゲイリー・バーツなど、ジャズとソウル/ファンクの挟間のような独自のサウンドを生み出していく。そして、フレディー・ペレンもその作品群に関わっていた。
「Where Are We Going?(Alternate Mix 2)」はドナルド・バード『Blackbyrds』にも収録されていて、2014年のレコードストアデイではこの2曲を収めた12インチのバイナルがリリースされている。マーヴィン・ゲイのバージョンの時点で、ドナルド・バードのバージョンにかなり近く、曲自体はすでに完成されている。
「Woman of The World」はエドワード・ゴードンの作曲で、フレディーとフォンスがプロデュース。動きの激しいエレピも含めて、かなりジャジーなアレンジで明らかにマーヴィン・ゲイの曲というよりは、イメージとしては『Extension of A Man』の頃のダニー・ハサウェイが歌いそうな曲とも言える。これは後に1973年にドナルド・バードが『Street Lady』で再演している。
これらの曲はアルバムとしては形になっていなかったわけだが、マーヴィン・ゲイが様々なチャレンジをしていて、その中から最終的に既存の名作に収録された曲がセレクトされた、ということがわかる。ニューソウル勢の中ではジャズやファンクとの、特にジャズとの繋がりが希薄なマーヴィンだが、チャレンジはしていて、質の高い音源は残していたのだ。メロウなインストの「Christmas in The City」もジャズ的な要素という視点で見るとまた聴こえ方が変わるかもしれない。
そういう意味では『You’re The Man』はジャズやレアグルーヴを聴くリスナーにはあまりにも興味深い音源であると言えるだろう。
ちなみにヒップホップ/R&Bシーンの名プロデューサーで、ハイエイタス・カイヨーテやエイミー・ワインハウスを手掛けたサラーム・レミがミックスを施したほぼネオソウルというか、ほぼヒップホップと言える最高の楽曲も収録されているので、現代ジャズ~ネオソウル~フューチャーソウルのリスナーも必聴である。
■『for Marvin Gaye"You're The Man" by Mitsutaka Nagira』Mitsutaka Nagira
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■柳樂光隆
1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。カマシ・ワシントン、サンダーキャット 、フライングロータス、ロバート・グラスパー、くるりなどライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久と編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》共催。
■リリース情報
アルバム『You're The Man』
発売:5月8日(水)
UICY-15825 ¥2,700(税抜)
<CD>
01. You’re The Man / Pts. I & II - Single Version
02. The World Is Rated X - Alternate Mix
03. Piece Of Clay - "The Master 1961-1984" Version
04. Where Are We Going? - Alternate Mix 2
05. I'm Gonna Give You Respect
06. Try It, You'll Like It
07. You Are That Special One
08. We Can Make It Baby
09. My Last Chance - SalaAM ReMi Remix
10. Symphony / SalaAM ReMi LP Mix
11. I'd Give My Life For You - SalaAM ReMi LP Mix
12. Woman Of The World
13. Christmas In The City / LP Mix & Edit
14. You’re The Man – Alternate Version 2
15. I Want To Come Home For Christmas - LP Mix & Edit
16. I’m Going Home - "The Master 1961-1984" Version
17. Checking Out (Double Clutch) - "The Master 1961-1984" Version
アーティスト写真:Photo by Jim Britt