アルバム『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』インタビュー
スガ シカオ、キャリア集大成後の意欲作を語る「歌が主人公で歌詞が大事」
スガ シカオが、ニューアルバム『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』をリリースした。
自身の集大成になるようなアルバムを目指し完成させた3年前の前作『THE LAST』、デビュー20周年を記念した『スガフェス!』と、キャリアを総括するような活動を経てきた彼。新たなスタート地点となる新作は、既発曲一切なしの書き下ろし10曲を収録。歌を軸に、新たな挑戦に挑んだ一枚だ。
インタビューでは、アルバム制作の裏側、インパクト抜群のタイトルに込められた意図、そしてストリーミング時代、スマホ時代の音楽のあり方など、様々なテーマについて語ってもらった。(柴那典)
初めて聴く人をイメージして曲を作った
ーーまず、「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」というタイトルはどういうアイデアから生まれたんでしょう?
スガ シカオ(以下、スガ):最初は英単語にしようと思ってたんですよ。でも、アルバムの感じを全体的にまとめるいい感じの単語が思いつかなくて。
ーー今までの10枚のアルバムは基本的に全部英単語がタイトルですよね。そうじゃなくて日本語になったのは?
スガ:サブスクの時代になって、毎週、ニューリリースの情報がまとめてぶわーっと弾丸のように来るようになったじゃないですか。その中でちょっとでも爪痕を残すためには、イントロで仕掛けるか、タイトルで「え?」と思わせるものじゃないといけないんじゃないかって思ったんですよ。そうじゃないと、流れていく情報にまぎれて心に残らない。ただ単にいい曲、格好いい曲ってだけじゃ、引っかからないんじゃないかなって。そこから、1曲目の曲名をそのままアルバムのタイトルにしようと閃いたんです。
ーーなるほど。ストリーミング配信の時代を意識した。
スガ:自分もほとんどサブスク、ストリーミングで音楽を聴いてるんですけど、イントロとタイトル以外で引っかからないんですよ。毎週新しいものが出るからとりあえず流し聴きするんだけど、イントロと最初の一声ぐらい、20〜30秒くらい聴いて「つまんねえな」と思ったら、どんどん次に送っちゃう。でも、だとしたら、自分の曲もそうやって次に送られるんだろうと思うし。そんな中で爪痕を残すにはどうしたらいいかって考えたんですね。
ーー実は先月、とあるイベントで亀田誠治さんといしわたり淳治さんの対談の司会をやったんですけど、そこでお二方が言っていたのが、まさにそういう話だったんです。ストリーミングが一般的になって、ヒット曲の作り方が変わった。最初で掴むにはどうするかを考えるようになった、と。いしわたり淳治さんは「最初から本題に入る曲が増えた」って言うんですね。言葉の使い方として、丁寧に情景描写をしていくというより、まず最初に言いたいことを言ってしまうという。
スガ:なるほど。積み重ねないというかね。
ーー亀田誠治さんは、イントロからAメロ、Bメロ、サビと徐々に盛り上げていく曲調じゃなくて、曲の冒頭に一番いいメロディやフレーズを持ってくるタイプの曲が増えているという話をしていたんです。そういう考え方と、このアルバムの「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」というタイトル、それを1曲目に置いて爪痕を残したいというのは、近い発想なんじゃないかと思ったんですけれど。
スガ:そうですね。僕も最初の30秒だと思います。30秒聴いて、そこで後を聴くかどうか決めるので。それは賛同しますね。
ーーということは、この1曲目の「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」という曲のエレクトロファンクの曲調、最初の30秒はスガさんなりの勝負である。
スガ:そうなんだけど、ただ、僕は歌詞についてはやっぱり積み重ねていかないとダメなタイプなんですよ。そこは曲げないし、曲げられない。それも自分でわかっているから、タイトルで引っかかってもらえればいい。作品の構造そのものを変えることはできないんです。でも見え方を変えることはできるから。
ーー曲名の話で言うと、たとえば3曲目の「あんなこと、男の人みんなしたりするの?」も相当インパクトのあるタイトルだと思うんです。これはどういうところから?
スガ:これは、まとめサイト的な感じなんですよ。こういうタイトルのスレッド、まとめサイトによく立ってない?(笑)。
ーーわかります(笑)。あと、ウェブサイトをスマホで見てると、よく画面の下のほうにマンガの広告が出てくるじゃないですか。「あんなこと、男の人みんなしたりするの?」って、ああいうマンガの広告のキャッチコピーにありそうな感じがするんですよ。ちょっとエロい表情をした女の子のイラストがあって、そのモノローグとして書かれてるような。
スガ:ははははは! わかるわかる。これはまさに、その肌感覚がほしかったんですよ。今の時代のカジュアルな下品さがほしかったんです。それって、一番みんなが目にするものじゃないですか。
ーーなぜそういうものを欲したんでしょうか?
スガ:タイトルって、たいてい最後なんですよ。この曲の場合は、歌詞も書き上がって、歌も入れて、さあタイトルをどうしようかなって考えたときに、この一行目から目が離せなくなった。何かが浮き出てくる感じ、何かが強烈に匂ってくる感じがあって。このタイトルって、実は曲の内容を言い表してはいないんだよね。でも、まとめサイトのタイトルも、クリックしてみたら「なんだよこれ」みたいなの沢山あるじゃん。そういうところもすごくそれっぽいなと思ってつけたんです。
ーーそもそも、振り返ると前作の『THE LAST』があり、kōkuaの活動があり、スガフェスがあり、2016年から2017年にかけてのスガ シカオというのは、これまでのキャリアの集大成を出し切るということをやってきたと思うんです。このアルバムはそれが終わったタームからのスタートだと思うんですけど、その段階でのモチーフというのはどういうものだったんでしょうか。
スガ:スタート時点では何もなかったですね。10周年の時もそうだったんです。『PARADE』が出て、10周年のイベントが終わって「次、何するの?」ということになった。プロデューサーもいないし、やることも見つからない。結局「やることがないからファンクやろうか」みたいな感じで2枚作ったんだけど、今回もそれに似た状況でした。『THE LAST』で全部出しちゃったから。それで、去年の4月から5カ月くらい、ちょっと作っては「ダメだな」って。何の収穫もないままだった。
ーーそれはどういう感覚だったんでしょうか。
スガ:やっぱり『THE LAST』を超えなきゃいけない、それに相応しい作品でなければいけないという呪縛があったんですよね。でも「アストライド」みたいに、人生レベルで詰め込んだ曲の後に、それを簡単に超えられるわけもなくて。作っても「なんじゃそりゃ」みたいな感じなんですよ。それが5カ月ぐらい続いてたんですよね。ファンキーな曲のプロットはいくつかできていたんだけれど、形にする気になれない感じだった。また自分のやってきたことの焼き直しになっちゃうから。
ーーそのスランプを抜けるきっかけになったのは?
スガ:電車に乗るのが好きで、移動は電車ですることが多いんだけど、入社7〜8年目のサラリーマンとか女子高生がイヤホンをしたまま座ってるのを見て「あそこに流れてる音楽だとしたらどんな曲作るだろうな」って考えた時があったんですよ。これまでの20年、そういうことを考えたことがなくて。基本的には自分の内面にダイブして、何かを堀り出してきて音楽を作るということをやってきた。そこにはリスナーや他者が介在しないんですよね。でき上がったものをみんなが聴いてくれるのはとても嬉しいんだけど、作ってる時に聴く人のことを考えたことがなかった。でも、初めて聴く人をイメージして「あのイヤホンの中で鳴ってる音楽を作ってみよう」と思って一曲作ったら、それがすごく新鮮だった。「これ、ちょっといいかも」って思えたんです。
ーーその曲はアルバムには入っているんでしょうか?
スガ:それが「スターマイン」ですね。
ーー花火をモチーフにした夏の終わりの曲ですね。
スガ:学校とか会社からの帰りに電車とかバスの中でこの曲を聴いて、上がってもない花火が見えたり自分の思い出と重ね合わせたりしたらバッチリだなって思えたんですよね。そういう作り方をしたのは初めてで、すごく新鮮だった。そこからどんどん作っていったんです。
ーーこの曲のアレンジを冨田恵一さんにお願いしようと思ったのは?
スガ:今まで一緒にやったことがなかったんですけれど、日本を代表するプロデューサーの一人だから、いつか一緒にやってみたいと思ってたんですね。で、今回のアルバムは総合プロデューサーを立てずにセルフプロデュースでやって、曲ごとに自分でセレクトした人にアレンジをお願いしようと決めてたから、一緒にやるチャンスだと思ったので。それでお願いしました。
ーー結果、冨田恵一さんらしい、ポップスとして完成度が高く、そのうえでコード進行とかもすごくひねっている曲に仕上がっている。
スガ:そうですね。
ーーでも、「スターマイン」のように聴き手の日常に寄り添うポップソングが10曲集まったアルバムになったかと言えば、全くそうではないですね。
スガ:最初の頃はそういう曲が多かったんですよ。スタッフの間でも「今回は主人公が全部いい人だからアーティスト写真もいい人っぽく撮らなきゃいけないね」という話が出てくるくらい、善人のキャラが多かったんです。
ーー具体的にその段階で形になっていた曲というと?
スガ:「遠い夜明け」とか「黄昏ギター」とか「深夜、国道沿いにて」とかですね。で、そういう曲が上がってきたから、Twitterで「今回のアルバムはエバーグリーンを目指します」とかほざいてた(笑)。でも、そうしたら、歌詞が調子に乗ってきて。
ーー調子に乗ってきた?
スガ:油が乗ってきたんですよね。最初はエバーグリーンなものを作ろうと心に決めていたから、エロ、グロ、ショッキングなこと、放送禁止用語、極端な表現、そういうのを全部自分の中で禁止にしていたんです。あと死の匂いのするものとか、夜の悪臭とか、そういうものも封じていた。でも、歌詞を書いてるうちに油が乗ってきて、そうしたらキワキワな曲がいっぱいできてきた。それも格好いい、面白いとなっちゃったんで、そこからアルバムが完成していったんですね。
ーーということは、初期段階ではエバーグリーンで「いい人」な曲だけをパッケージしようとしていた。
スガ:そうですね。そうなるはずだったんです。そこにガッツリ向かってたんですけど、なんか別のところに踏み出しちゃった(笑)。物足りなくなっちゃったのかもしれない。
ーーそこがこのアルバムの大きなポイントになっていると思うんですけど、そのターニングポイントになった曲はあるのでしょうか?
スガ:最初に一歩道を踏み出したのは「おれだってギター1本抱えて 田舎から上京したかった」ですね。これを書いてスタッフに聴かせたときに「いい曲ですけど、今回のアルバムに入れていいんですか?」って言われたんです。でも「格好いいからこれで行こうよ」って言って進めていったら、「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」とか、どんどんそっちの曲が増えてきちゃった。とは言っても、エログロもやってないし、18禁もやってないし、極端な表現もやってないんですけど。
ーー思うに、これって、スガシカオの作家性として、さっき言った「電車でサラリーマンがイヤホンをして聴いてる顔を思い浮かべた」というエピソードと近いところがあると思うんです。「あんなこと、男の人みんなしたりするの?」のタイトルをまとめサイト的なイメージでつけたというのも、今の時代、電車でスマホを見てる人はどんなものを見てるんだろう?というところから出てきた発想というか。
スガ:そうだね。たいがいスマホでまとめサイト見てるしね。
ーーみんな、エバーグリーンで綺麗なものが好きって言ってるけど、本当に好きなものって、下品で粗野でスキャンダラスなものなんじゃないの? っていう。そういう感覚が、電車に乗るとみんながスマホの画面を見ているという今の時代性の中で出てきたんじゃないかと思うんです。
スガ:そういう生活の中に僕もいるからね。だからそれが当たり前のリアルとして歌詞に出てきたということなんじゃないかな。エバーグリーンで、みんなが気持ちよくなれるような曲を作ろう、ずっと聴いてもらえる曲を作りたいという思いはあるけれど、別にいい人になろうとはしてなかったわけで。