指原莉乃を特別な存在にした2つの力 AKB48から“国民的アイドル”になった理由
指原のアイドルとしての魅力はさまざまあるだろう。私は次の二点を指摘したい。ひとつは、スキャンダルを芸能価値に転換することができたこと。もうひとつは、絶妙な間の取り方である。
スキャンダルは経済学の課題になりうる。例えば、指原が男性スキャンダルで博多のHKT48に左遷的に移籍したのは、アイドル史に残る事件のひとつだった。このとき、指原がスキャンダルを引き起こしたことで失う「機会費用」を考える必要がある。機会費用というのは、もしスキャンダルを起こさなければ得たであろうさまざまな潜在的な経済価値のことだ。例えば、テレビ番組や映画などへの出演自粛、あるいはCMの打ち切りなどは、典型的なスキャンダルの機会費用だ。一般人でももちろんスキャンダルに直面すれば類似の機会費用が発生する。だが、芸能人にとっては、スキャンダルを逆手にとって自らの商品価値に転換できることもある。この商品価値のことを「スキャンダルがもたらす追加的な芸能人価値」とでも名付けよう。この「追加的な芸能人価値」が「スキャンダルの機会費用」を上回ると、スキャンダルは、アイドルとしての位置を向上させることができる。
実際に、指原は過去のスキャンダルを芸能価値に転換することに成功した。むしろスキャンダル後の方が、選抜総選挙で1位をとるなど、その人気を高めた。おそらく昭和・平成を通して、スキャンダルを糧にして、さらに人気を得たアイドルとしては、松田聖子と指原莉乃はその双璧をなすだろう。AKB48グループ全体がスキャンダルに直面している今、指原が卒業を迎えていることは象徴的な出来事かもしれない。
またバラエティ番組などで発揮されているのが、指原の独特の間の取り方だ。バラエティ番組は、いわば弱肉強食的な世界に近い。反応の速さとその中身が問われる選手権のようだろう。もちろん指原の瞬発力も早いことは間違いない。しかしそれには独特の間がある。社会学者の古市憲寿が「芸能界でこれからどんなポジションになりたいとかあるんですか? 上沼恵美子さんですか?」という変化球にも、半拍おいた苦笑とともに、「しようもないニュースの記事みたいなこと言う」と答える。この独特の笑みと間の取り方が、指原のよさだ。おそらくこの半拍の間と笑みがなければ、ただの反射神経のいいコメンテーターになってしまうだろう。この間にこそアイドルとしての指原の魅力がある(と思う)。
指原が去った後のAKB48グループは試練を迎えることは間違いない。ミリオンセラーを出しても、それは国民の関心事ではない。あくまでもアイドル市場という狭いムラ社会の出来事でしかなくなっている。AKB48グループで、“国民的アイドル”と呼べるただ1人の存在だったのが指原だった。ただしここまで書いたように、指原はこれからも国民的な“アイドル”で居続けるだろう。AKB48をやめてもアイドルとしての価値が変わらない。その意味では、AKB48からの“卒業”というイベントそのものが終焉を迎えつつあるのかもしれない。
■田中秀臣
1961年生まれ。現在、上武大学ビジネス情報学部教授。専門は経済思想史、日本経済論。「リフレ派」経済学者の代表的論客として、各メディアで発言を続けている。サブカルチャー、アイドルにも造詣が深い。著作に、『AKB48の経済学』、『日本経済復活が引き起こすAKB48の終焉』『デフレ不況』(いずれも朝日新聞出版社)、『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)など多数。『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社)で第47回日経・経済図書文化賞受賞。好きなアイドルは、櫻井優衣、WHY@DOLL、あヴぁんだんど、鈴木花純、26時のマスカレイド、TWICE、NGT48ら。Twitter、アイドル・時事専用ブログ