アルバム『wish』インタビュー

藤田麻衣子が語る、言葉への思いと歌の伝え方「“届く人には届く”という信念を貫いたほうが伝わる」

 いつだったかラジオから流れてきた「手紙 〜愛するあなたへ〜」が、藤田麻衣子との最初の出会いだった。〈お父さんお母さん 今日まで私を〉で始まるその歌を聴き流すことができず、瞼の奥をジワっとさせながら言葉のパワーに降参したのを憶えている。そして、この2月、3月、NHK『みんなのうた』で、再び藤田麻衣子と出会った。荒井良二のライブペインティングとともに流れてきたその曲は「wish〜キボウ〜」。震えるような、覚悟をまとったようなその凛とした歌声に打たれた。どうしてこんなにも言葉が伝わってくるんだろう。その秘密を知りたくて、3月20日にリリースとなるニューアルバム『wish』のインタビューに臨んだ。(藤井美保)

書いているのは、自分が言われたい言葉

ーーメジャーデビュー5周年というタイミングでの4thアルバム『wish』。まず、どのように臨んだかを聞かせてください。

藤田麻衣子(以下藤田):去年初めてカバーアルバムを出したことが、思いがけずいいリフレッシュとなり、今回のアルバムにはすごく新鮮な気持ちで取り組めました。

ーーカバーアルバム『惚れ歌』は、どれも別曲と思うくらい藤田さん色に染められています。やってみての発見は多かったですか?

藤田:はい。すごく多かったです。私は詞先で曲を書くんですが、自分で書いた言葉は普通に読むだけでも意味は成り立つけれど、そこにメロディとアレンジがつけばより感情表現が増す、という思いで音楽をやっています。でも、カバーでは、当たり前ですけど自分の言葉ではないので純粋にメロディを歌う楽しさを全力で味わえたんです。それを経てあらためて、自分が曲を作るときまず最初にくるのは、言葉で何かを伝えたいという気持ちなんだなと、よくわかりました。

ーー誰かが書いた言葉をシンガーとして歌うのと、自分の言葉を歌うのとでは違うわけですね。

藤田:他の人が書いた言葉を歌うときでも、意識しているのは、ただその気持ちになって歌うということなんです。でも、自分で書いた言葉なら、意識せずともその気持ちになって歌うことができる。その違いがありますね。

ーーそもそも、藤田さんにとって言葉を書くということが重要になったのは?

藤田:10代のときはまだ歌を書いてなかったし、特に音楽の道に進もうとは考えてなかったんです。言葉に対して何か特別に強い思いがあるとも思ってなかったです。でも、当時の友だちは口を揃えて「麻衣子の手紙は長かった!」と言います(笑)。手紙といっても授業中こっそり回すようなもので、そういうのって大抵ノートの切れ端とかじゃないですか。それが私のは3枚分とかあったみたいで。

ーーそれは長いですね(笑)。

藤田:自分では憶えてないんですけど、今思えば、伝えたい思いが人よりあったのかもしれないなと。

ーー日記は書いてましたか?

藤田:書いてなかったです。

ーーつまり、誰か対象がいるときに書きたがりだった。

藤田:きっと聞いてほしかったんでしょうね。音楽活動を始めた頃のブログも、やたら長かったんですよ。それも毎日更新してました。あのエネルギーは何だったんだろうって思いますね。吐き出しても吐き出しても消化できない思いが、たくさんあったんでしょうね。

ーーそれが整理されてきたのは?

藤田:20代後半くらいですね。年齢的なものもあったと思うし、この仕事をする上での覚悟も出てきたんだと思います。さらけ出してトゲトゲしくしているところを応援してくれる人はいたし、それで成り立っていたところも当時はあったけど、知ってくれる人が増えるにしたがって、そんなにさらけ出さなくてもいいのかなと考え始めました。ただフツーの感覚になっただけだと思うんですけど(笑)。

ーーその分、作品にエネルギーを投入するように?

藤田:ですね。自分の中で有り余ってたエネルギーを、だだ漏れにしないで歌だけに注ごうと思ったんだと思います。そういう集中の仕方が、年々上手くなっていきました。今は、集中すべきところ、人に任せるところ、というふうに、自然と整理されてますね。

ーーでは、ここから、今作収録の「wish〜キボウ〜」を軸に、藤田さんの曲作りを深堀りしていきたいと思います。この曲は、2月、3月のNHK『みんなのうた』への書き下ろし。テーマはどんなふうに決まっていったんですか?

藤田:お話をいただいて最初に自分から書いたのは、「希望」というタイトルの曲でした。実際辛いことがあって、何で自分にそんなことが起こるんだろうって悩んでたし、でも、それを乗り越えたときに見つけたこともあった。だから、「つまずきは希望」というような歌でした。「wish〜キボウ〜」の冒頭のフレーズ〈誰かが言った 希望はあなたを捨てないと あなたが希望を捨てるのだと〉は、そのときからあったもの。

ーーすごく強烈な歌い出しだと思いました。

藤田:辛くてすごく凹んでいたとき、ある本でそういう言葉があると知り、「そうか! 私が希望を捨てちゃうだけで、希望が私を見放すことはないんだ」と、すごく合点がいって、そこから書き上げていったんです。

ーー第一案のその曲に対する『みんなのうた』制作サイドの反応はどうでしたか?

藤田:「冒頭のインパクトと希望について歌うことはすごくいいけど、さらに多くの人に届くようなものにしたい」とおっしゃられて、「たとえば、乗り越えたあとではなく、まだ乗り越えられていない段階に視点を戻して掘り下げるのはどうですか?」と提案されました。「世の中には今も辛い気持ちは生まれているし、乗り越えられないままでいる人たちもたくさんいると思うから」と。

ーーその提案に藤田さんは?

藤田:「たしかに!」と思いました。「不安や辛さを抱えている人たちが、歌で元気になってくれたらと思うけど、渦中にいるときに“希望”とか“頑張れ”みたいな言葉は強すぎますね」と話して、あらためて歌詞と向き合うことにしたんです。そこから2、3週間ほどかかったかな。ミーティングの中で「震災」というワードも出たので、何冊かのノンフィクション本で、被災された方たちの声に触れたりもしました。そこで思ったのは、願うだけで精一杯だなということ。その方たちがということじゃなくて、私自身が。だからタイトルを「wish〜キボウ〜」にしたんです。練り直した歌詞を見て、『みんなのうた』のスタッフの方も、「コレならより多くの人に寄り添える気がします」と言ってくださいました。

ーー『みんなのうた』にはいわゆる社会的な機能もありますよね。

藤田:そうですね。それこそできあがってもうこれで行こうっていうってなってからも、うちのスタッフは、「“みんなのうた”には明るい曲が多いのに、ホントにこの藤田の暗い曲で大丈夫ですか?」って言ってました(苦笑)。半分冗談なんですけど。

ーーそれくらい影響力の強い番組ですもんね。

藤田:「明日が見えないと思っている人たちが、ふっとテレビから流れてきた音楽で、“明日いいことあるかも”と思えたらいいなと思ってるんです」とNHKのスタッフの方がおっしゃったとき、「あ、この人たちは、テレビの向こう側の人のことを、本気で元気にしたいんだな」と感じました。すごくうれしくて、「みんなのうた」に関われてよかったなと思ったんです。

ーー情熱のある人たちとのやりとりで生まれた曲なんですね。

藤田:「さらにこうしたい」と求めてもらえたことにすごく意味がありました。

ーー役割を担う曲には難しさもあると思うんです。「こう書くと傷つく人がいるかも」などと考えたら出口が見えなくなるんじゃないかなと。そういうとき、藤田さんはどう決着をつけますか?

藤田:聴いた人がどう思うかとか、多くの人に伝わるようにもっとわかりやすい表現をとか、もちろん考えなきゃいけないときもあるんですけど、この13年いろいろトライした結果、「届く人には届く」という信念を貫いたほうが伝わるものになるということを痛いほど感じてきました。「wish〜キボウ〜」は、ずっと絶望の中にいて、最後だけやっと光が見えるというような歌だから、元気な人は「暗い歌だな」と通り過ぎちゃうかもしれない。でも、それでいいと思ってるんです。今、本当に光が見えない人たちが、「あ、この歌……」とちょっとでも耳を傾けてくれたら、それで充分。そういうことしか考えてなかったですね。

ーーなるほど。

藤田:私が書いているのは、結局、自分が言われたい言葉だったりするんですよ。でも、いつもいつも誰かが自分の欲しい言葉を人がくれるわけじゃない。すごく凹んでるときに「頑張れ」をもらうのはつらいじゃないですか。って心の中で文句ばっかり(笑)。だから、こう言ってくれたらいいのにという思いが私の中に溜まってる。たぶんそれを選んで言葉にしてるんだろうなと思います。

藤田麻衣子 『wish ~キボウ~』プロモーションムービー

ーー「wish〜キボウ〜」の大サビを聴いたとき、「きっと詞先の人だ」と思うほど言葉とメロディが直結してると思いました。歌詞からメロディに至る作業はどんなふうに進んでいくんですか?

藤田:まず思ったことをスマホにメモります。これはクセですね。書き溜めていると、「今日この気持ちが強いから最後までイケそうだ」と思える日があって、そしたらAメロ、Bメロ、サビというふうになんとなく言葉を並べてみるんです。で、歌詞として成立したと思ったところで、ノートに清書して鍵盤に向かう。歌詞にかかる時間が9割で、それが完成すると、もうメロディを作ってるときの記憶はないくらいです(笑)。

ーーそうなんですか!

藤田:逆に何が言いたいかいまいち定まっていないときは、曲も延々できなくて、「やーめた!」ってなる(笑)。メロディを連れてくる力は歌詞にあるんです。

ーー歌詞と同時になんとなくメロディが湧くことは?

藤田:ないですね。とにかくまず言いたいことを言葉にする。メロディは、なんというか、作業です。「さぁつけるか!」みたいな(笑)。レコーディングの歌入れとかもめちゃくちゃ早いんです。あんまりそこに意識がないというか、曲ができた時点でこう歌いたいというのがハッキリあるので、あとは集中して歌うだけ。すぐ次に書きたいことに頭がいっちゃいますね。

ーー正真正銘の詞先ソングライターですね。

藤田:モチベーション人間なので、盛り上がって集中するときとそうでないときの差はスゴいです。ただ、言葉だけは常に書いてますね。メモるのがホント、クセです。

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