細野晴臣が語る、『HOSONO HOUSE』リメイクとサウンドの大変革「まだまだすごい音がある」

細野晴臣、サウンドの大変革

 イギリス、ロンドン・ブライトンでの公演『Haruomi Hosono+Acetone Light in the Attic』、『HARUOMI HOSONO LIVE AT THE OLD MARKET』、映画『万引き家族』のオリジナルサウンドトラックの制作、2018年11月から2019年2月まで開催される全国ツアーなど精力的な活動を継続している細野晴臣。次のアクションはなんと、1973年のソロデビュー作『HOSONO HOUSE』のリメイクアルバム『HOCHONO HOUSE』。すでに収録曲「薔薇と野獣(new ver.)」がリリースされ、打ち込みをベースにした斬新なトラックに大きな注目が集まっている。

 リアルサウンドでは、リメイクアルバムを制作中の細野にインタビュー。制作のプロセスで実感したという“20数年ぶりのサウンド的大変革”を軸にしながら、現在の細野のモードを探った。(森朋之)

いまのサウンドを利用しながら、個人の音楽として出す 

ーー久しぶりの海外公演、カンヌ映画祭でグランプリを獲得した映画『万引き家族』のサントラなど、2018年の活動は多岐に渡っていた印象があります。

細野晴臣(以下、細野):そうかもしれないですね。外国でライブをやりはじめたのも去年だしね。香港、台湾もそうか。まあ、いつもと変わらないというか、やる気はずっと平坦だし、特にテンションが高いわけではないんだけど(笑)。

ーーさらにソロデビュー作『HOSONO HOUSE』のリメイクアルバム『HOCHONO HOUSE』のリリースが発表され、大きな話題になっています。『HOSONO HOUSE』を作り直したいという発言は、以前にもありましたよね。

細野:本当にやろうと思ったのは、1年前くらいかな。その前はまったく考えてなかったし、『HOSONO HOUSE』は自分ではあまり聴かないアルバムだったんですよ。いちばん最初のアルバムだし、アラが目立つというのかな。当時は自分で音を作っていたわけではないし、狭い部屋で録っていたから、音が回ってしまって、細かいバランスの調整もできなくて。それが心残りだったんですよね。

ーーそのサウンドの空気感は『HOSONO HOUSE』の特徴だと思いますし、まちがいなく名盤だと思いますが……。

細野:自分ではよくわからない(笑)。ただ、『HOSONO HOUSE』をいろんな人が聴いていて、never young beachの安部勇麿くんのように、あのアルバムについて熱く語ってくれる若いバンドマンがいることもわかってきて。あとは「アメリカでも聴かれている」という情報が伝わってきたり、考えを改めましたけどね。以前は誰が聴いているかも知らなかったし、勝手にやってただけなんだけど、いまは「アルバムを出せば、誰かが聴いてるんだな」と怯えちゃってます(笑)。まあ、そんなこともあって「(リメイクアルバムを)作りませんか?」ということになったのかな。気楽にできると思ってたんだけど、いざやってみたら大変だったんですけどね。

ーーリメイクにあたって、サウンドの方向性についてはどう考えていたんですか?

細野:それもいろいろあったんですよ。どうしようかなとずっと考えていて、あるとき「打ち込みでやるかも」と言ったら、まわりの反応が良かったというか、驚く人が多くて。「じゃあ、驚かせてやろう」と思って、ひとりで作ることにしたんです。いちばんラクなのはいろんな人にお願いして作ってもらうことなんだけど、今回は腰を据えてやろうかなと。打ち込みの機材もずっとほったらかしだったし、宅録気分でやるのも久しぶりだったからね。SKETCH SHOW(高橋幸宏と細野によるエレクトロニカユニット)のスタイルをひとりでやるのは20年ぶりくらいじゃないかな? ただ、そこにいろんな問題があったわけですけど。

ーー問題というと?

細野:この10年くらいは生のバンドが中心だったから、機材が古いままだったんですよ。知り合いのエンジニアと相談して「入れ替えなくちゃダメだろう」ということになって、探り探り、機材を新しくし始めて。それもね、最初はひとりで右往左往してたんです。渋谷の機材屋に行っても知らない機材ばかりで、何が何だかわからないままボーッと帰ってきたりね(笑)。AKAIのMPCがあったから、「これならわかりそうだな」と思って買ってみたら、パソコンのソフトがないと動かないんですよ。“Standalone”(StandoAkai Professional - The Next Generation of Standalone MPC's)と書いてあるのに、それだけでは音が出ないっていう(笑)。それをやっとつないだところですね、いまは。まだ使う気が起こらないんだけど。

ーープラグインもどんどんバージョンアップしますからね。

細野:そうなんですよ。「すごい世界だな」って圧倒されてます。いまの若いミュージシャンは、それを全部揃えてたりするでしょ? お金があるんだなって思いますね(笑)。ちょうどその時期に、冬のバーゲンセールでソフトがめちゃくちゃ安くなっていて「いい加減な値段設定だな」と思いながら買い揃えたり。そういうことをやりはじめたのが、制作の半ばあたりだったんです。その前に作ったものはやり直したくないので、アルバムにはレコーディングのプロセスが全部出ちゃうでしょうね。

ーー打ち込みをベースにした最近の音楽もチェックしていたそうですね。

細野:そうですね。遠くから聴いているときはわからなかったんだけど、ヘッドフォンで聴いてみると、ビックリするような世界があって。それは音楽自体の良し悪しではなくて、音の話なんですけど、この前もラジオで「モーニング娘。に負けた」って言ったら、それが拡散しちゃって。

ーーモーニング娘。の曲を聴いて、「音がいい」と感じたと。

細野:そう。いろんな音楽を聴いてみたんだけど、テレビのCMの音なんかもすごくいいです。特にIT系企業のCMの音楽は全部いい。僕はそれを「グローバルサウンド」と呼んでるんだけど。たぶん、最初に変わってきたのはハリウッド映画の音でしょうね。10年くらい前だと思うけど、ハリウッド映画の音響がすごく進化したんですよ。いちばん顕著なのは重低音。すごく出ているように感じるけど、実際にはそれほど出てないっていう。完璧にシミュレーションされたバーチャルサウンドというのかな。つまり、すべて錯覚なんです。僕は専門家ではないから説明できないけど、おそらくアルゴリズムが完成されていて、すべての音がその範疇にあるんじゃないかな。そういう聴き方をしてますけどね、この2カ月くらいは。

ーーそのなかで新しい発見もあるんですか?

細野:ありますね。僕にとっては謎の音というか、どうしてこうなっているのか、まったくわからないんです。誰に聞いても明確な答えが返ってこないし。でも、気が付いている人はいるわけです。まりん(砂原良徳)くん、テイ・トウワくんもそう。低音域のインパクトは、ダンスミュージックから始まってるところもありますからね。日本でも去年(2018年)からそういう音が多くなってきた印象があります。その前は少なかったから、確実に増えているんじゃないかな。ジャンルでいうと、ゲーム音楽かな。ゲームはもともとバーチャルな世界を作るものだし、いまは音もそうなってきて。

ーーやはり“バーチャル”がキーワードなんですね。

細野:うん。いちばん大きな変化は、音楽から音圧が消えたことでしょうね。昔は音圧というものを気にしていたわけですよ。キックが鳴るとスピーカーが揺れたり、ドン! という音が腹に響いたり。それがなくなって、脳内で音圧を感じさせるシステムができあがっているんですよね、いまは。それがつまりバーチャルということなんだけど。

ーーそういうドメスティックな変化は、新しい『HOCHONO HOUSE』にも影響しそうですか?

細野:かなり影響があるでしょうね。というか、昔の音のままではガマンできないから(笑)。

ーー生バンドのグルーヴを追求していた時期とは違う、新たな制作意欲も?

細野:そこはね、葛藤があるんですよ。上手く説明できるかな……たとえば、カルロス・ゴーンが逮捕されたり、フランスでデモをきっかけとした暴動が起きたりしているけど、あれはグローバリズムの反感ですよね。いま起きている音楽の変化も同じで、グローバリズムのなかから生まれているんです。一定のアルゴリズムを使って音を作るのも、そういう発想だから。そういう音に対して、いまは僕も興奮しているけど、その先が見えないんですよね。「飽きちゃったらどうするんだろう?」と思うし。バーチャルなものって、飽きるんですよ。すべてが同じ音になってしまったり、音楽の中身が問われなくなるので。そういう音楽を聴くと「魂が抜けてる」という気持ちになるんです。僕はそっちには行けないので、どっちつかずなんだけどね(笑)。

ーーサウンドの進化には興味を惹かれるけども、中身のない音楽を作るわけにはいかないと。

細野:ええ。スピルバーグが去年、『レディ・プレイヤー1』という映画を発表しましたよね。まさにバーチャルな世界を表現した映画で、それはそれで新しくておもしろいけど、遊園地と同じで心に残るわけではなくて。一方、デヴィッド・リンチの『ツイン・ピークス』の新作(『ツイン・ピークス The Return』)の舞台装置はすごくチープなんだけど、彼らしい作家性が出ていて、心に残る。その差は確実にありますからね。音楽も同じようなことが起きているんだと思います。たとえば、エド・シーランという人がいますよね。彼の音楽の作り方は非常におもしろいと思うんですよ。ひとりでライブができるとかね。でも、レコーディングされた音源を聴くと、世界標準に組み込まれてしまっている。本当はもっと尖がっていて、デコボコしているはずなのに、すべて平均化されるというか。そうではなくて、いまのサウンドを利用しながら、個人の音楽として出している人も出てきているんだよね。アンチグローバリズムの音楽というか。自分は後者なんですよね、どちらかと言えば。テイラー・スウィフトの新作(『Reputation』)の音も良かったけど、自分が同じようなことをやってもしょうがないから(笑)。

ーーその文脈で言えば、細野さんの作家性の原点である『HOSONO HOUSE』を現在の音を使ってリメイクするのは、やはり大きな意義があるのでは?

細野:うん。気楽にやろうと思ってたんだけど、いろいろ試行錯誤して、いまの考えに至ったわけで。遊びじゃなくなって、大問題になっちゃった(笑)。まだ制作の途中だから、どうなるかわからないけどね。配信した曲(「薔薇と野獣(new ver.)」も途中経過だし、アルバムにはカントリー調の曲もあるから、すべてを打ち込みにできるわけでもなくて。「どうしよう?」と考えているところですね、いまも。

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