2010年代前半の音楽シーンを生々しく記録 『文化系のためのヒップホップ入門2』書評
長谷川町蔵・大和田俊之著『文化系のためのヒップホップ入門2』(アルテスパブリッシング)が先ごろ出版された。同著者による2011年の第一弾から7年、満を持して登場した続編だ。前著がヒップホップの誕生から2011年時点の最新動向までを総ざらいする、まさに「入門」の一冊だったのに対して、第二弾は2012年から2014年までのシーンを1年ごとにふりかえる、濃密な応用&復習編といった色合いが強い。
とはいえ、『1』も『2』も、アメリカのポップカルチャーに造詣が深いライターの長谷川と、アメリカ文学者でありアメリカ音楽史に関する単著も著している大和田による、ディープかつ歴史的射程の広いアメリカ文化論という側面も持つ。たとえば本書第一部での「ヒップホップの南部化=バックビートからクラーベへ」というゼロ年代ヒップホップの簡潔な総括は、アトランタ発のトラップを経てラテントラップの流行に至る現行USシーンを理解するうえで重要な視点だ。
ジャズ評論家の柳樂光隆を招いたスペシャルセッションも注目だ。本書の最重要ワードのひとつ、「ループ感覚」を軸として、ヒップホップ的なセンスがいかに他ジャンルへ浸透しているかを提示している。また、ジャズとヒップホップの近いようで遠い関係、アメリカの黒人コミュニティにとっての文化のオーセンティシティをめぐる複雑な歴史に関する議論は、ケンドリック・ラマーがピューリッツァー賞を受賞しヒップホップの権威化が進んだいまこそ示唆に富む。
次いで、内容について具体的に踏み込んでみよう。本編は、当時慶應義塾大学で行われた講義を元にしたものだ。それゆえ、生々しい時代の記録としても読めるのが面白い。改めて2010年代前半を一望してみると、ヒップホップとEDMという2010年代の音楽シーンを代表する2つのジャンルが台頭し始め、拮抗しあっていた様子が浮かび上がる。2012年のPSY「江南スタイル」のヒットをはじめ、ところどころに顔を見せるK-POPへの言及も、現在から思えばまるで伏線のようだ。
本書はトラップの爆発的な流行の前夜、また現在のシーンを代表するラッパーのひとりであるChance the Rapperがグラミー賞を獲得して音楽産業そのものへ揺さぶりをかける以前の2014年で終わる。この区切りが意図したものかどうかはわからないが、来年(2015年)のChance the Rapper(Donnie Trumpet & the Social Experiment『Surf』)のリリースでシカゴのシーンやゴスペルの要素への新しい見通しが立つはず、という旨の長谷川の発言が最後に登場するのは、ちょっと出来すぎな幕引きだ。
また、前著では扱いが薄かった、ヒップホップカルチャーにおけるミソジニーやホモフォビアの問題に関する議論については、特に後者に関してフランク・オーシャンやOFWGKTA(Odd Future Wolf Gang Kill Them All)周辺の動向を踏まえてシーン全体の雰囲気の変化が捉えられている。また、フィメールラッパーやシンガーについても、ニッキー・ミナージュの登場、あるいは彼女も含めてイギー・アゼリアやアジーリア・バンクスのような新世代のスターが現れたシーンの潮流もあって、言及は増えている。シーンに寄り添った議論が収録されていることから考えると、2015年以降を扱うと予告されている『3』では、より本格的な総括が行われることを期待したい。