「田中秀臣の創造的破壊」第7回
BTS(防弾少年団)、世界的躍進の背景は? グループが持つ経済的“強さ”と多様な価値観
ここで注目するのは、彼らがデビューした2013年からの韓国の若者たちがおかれた経済状況だ。実は2013年は韓国の若者たちにとってより過酷な転機であった。ただでさえ韓国の若年雇用は深刻なレベルであった。それは財閥系企業中心の閉鎖的な採用方針、重度な学歴主義、若者に排他的な労働組合の存在、徴兵制の弊害(人的資本の蓄積の阻害)、さらに90年代後半の経済危機以後から加速化する非正規雇用の増大とその所得不安定性などが原因だった。この状況は、BTSがデビューした2013年にさらに悪化していく。12年に7.5%だった若年失業率は13年から悪化し始め、やがて10%台まで到達する。失業率だけではない。雇用の質的な劣化はさらに深刻だ。BTSのメンバーが属する15歳から29歳までの非正規雇用比率は、12年を底に爆発的な上昇をみせている。また男女問わずにこの年齢層の非正規雇用者たちが最低賃金未満で働いている比率は、11年には21.3%だったが、やはり急上昇を見せていて、現段階では32%を軽く上回る深刻な状態だ。まさに韓国の若者はサバイバル的状況に陥っている。朴槿恵政権から文在寅政権に移行してもその若年雇用の改善には光明はあまり見えない。BTSの作品に既存の善悪二元論的な価値観がみえない、あるいは時にそれを破壊するかにみえるメッセージ性(時には暗闇をたたえた残酷さ)があるのは、従来の韓国経済が若者に押しつけてきた抑圧・疎外を抜きには考えることができない。しかもBTSのブレイクが、韓国だけではなく、南米、そして欧州など若者の雇用が悪化している国々でまず注目されたのは偶然には思えない。
最後にBTSだけではもちろんないが、日本のアイドルの手法も多く採用している。ひとつは「物語消費」の手法だ。物語消費とは、アイドルの人生やその成長を物語として提供し、それにファンが共感することでともに物語を作っていくマーケティング手法だ。例えばAKB48のように素人同然のレベルからファンが彼女たちと一緒になりながらグループを成長させていくという例が典型的である。BTSはもちろんデビュー時点で日本のアイドルに比して各段のレベルの修練と苛烈なオーディションを勝ち抜いている。だがBTSの「学校三部作」「青春三部作」には、やはり日本のアイドルが得意とする成長物語の消費が込められている。さらにファンとの直接の交流も大切にしている。いわゆる「会いに行けるアイドル」の側面の重視である。サイン会などのイベントもいまだ積極的でサービス精神が豊かであるのは注目すべき点だろう。そしてファンとの直接の交流は、物語消費をさらに強めることになる。また多くの記事が指摘しているのが、コアなファンが中心となっていると思われるCDの突出した購入数、そして動画の再生数への貢献である。特に特典付きのCD販売で、CD自体の売り上げを増やす手法は日本のアイドル発といわれている。今回のビルボード1位でもこのCDの売り上げが大きく貢献しているのは、日本型アイドルの特徴を巧みに取り入れている成果ともいえるだろう。
もちろんこれら経済的な側面はBTSの魅力のごく一部分を説明するものでしかない。BTSは本当にその作品世界を中心にして豊かな広がりを持っている。彼らのグローバルな活動の進展を今後も注目していきたい。
■田中秀臣
1961年生まれ。現在、上武大学ビジネス情報学部教授。専門は経済思想史、日本経済論。「リフレ派」経済学者の代表的論客として、各メディアで発言を続けている。サブカルチャー、アイドルにも造詣が深い。著作に、『AKB48の経済学』、『日本経済復活が引き起こすAKB48の終焉』『デフレ不況』(いずれも朝日新聞出版社)、『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)など多数。『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社)で第47回日経・経済図書文化賞受賞。好きなアイドルは、櫻井優衣、WHY@DOLL、あヴぁんだんど、鈴木花純、26時のマスカレイド、TWICE、NGT48ら。Twitter、アイドル・時事専用ブログ