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downy 青木裕は“表現者”であることを貫き通した 金子厚武による追悼文

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 downyのギタリスト・青木裕が3月19日に急性骨髄肉腫白血病により48歳で亡くなったことが、バンドのオフィシャルサイトなどを通じて発表された。1月に昨年末から続く体調不良の原因が骨髄肉腫であると診断された後も、本人の状態を最優先にしながら活動を継続し、3月19日にはdownyのワンマンライブが予定されていたが、その直前の14時50分に青木は息を引き取っていた。

downy第六作品集『無題』

 downyの結成は2000年4月。ハードコア、ヒップホップ、エレクトロニカなどを融合した他に類を見ない音楽性と、メンバーにVJを擁し、バックに映像を流しながら行うライブが大きな話題を呼んだ。青木はあえてギターらしさを排除した無機質な音色のギターで、バンドのサイケデリックな側面を担い、椅子に座り、観客に背を向けて演奏するスタイルから、異色のギタリストという印象が強かった。これはミュージシャンの道を一度挫折し、20代半ばまで会社員として過ごした後、再起を賭けたバンドがdownyだったからこその、極端なスタイルであったという。

 2004年にdownyが活動を休止すると、2005年には元NUMBER GIRLのアヒト・イナザワを中心としたVOLA & THE ORIENTAL MACHINEに参加し、syrup16gのサポートを務めるなどしながら、2006年からは3ピースのインストバンドunkieを本格的に始動させ、これまでに4枚のアルバムを発表。downyとは真逆とも言える情熱的でロックなプレイスタイルは、青木の確かなテクニックをストレートに伝えるものだった。

 2013年にはdownyとして9年ぶりのアルバムを発表し、公式に再始動を表明。その前年からはDEAD ENDのMORRIEのサポートを務め、2014年に発表された20年ぶりのソロアルバム『HARD CORE REVERIE』に全面的に参加。他にも、黒夢やworld’s end girlfriendの作品に参加し、またDIR EN GREYの楽曲のリミックスを手がけるなど、活躍の幅をさらに広げていた。

 また、青木はイラストレーターとしても才能を発揮し、unkieのアルバムジャケットや、ミュージックビデオのアニメーション、downyオフィシャルサイトのイラストなどを担当。その精緻な作風は、イラストや漫画を本職とするクリエイターからも高い評価を獲得していた。2015年9月には初の個展『青木裕展』を東京のMDP GALLERYで開催。それまでに手掛けたアートワークや、新作のドローイングなどが展示された。

 2017年1月には初のソロアルバム『Lost in Forest』を発表。「構想・制作10年」とも言われた本作は、作編曲や演奏はもちろん、ミックス、マスタリング、アートワークまですべてを青木自身が手掛けた渾身の作品。数千トラックに及ぶ様々なギターサウンドのみを用い、DAWによって分解・再構築された楽曲たちは、映画音楽を好み、とりわけ効果音好きだったという青木の趣向が反映された、架空のサウンドトラックといった趣。現代的なギターオーケストレーションのひとつの到達点であると同時に、青木の奥底にある心象風景を描いたものだったと言ってもいいだろう。同年11月にはアルバムにも参加していたMORRIEや、downyのVJである柘榴らを迎え、初のソロライブを渋谷WWWで開催した。

 こうして足早に青木のキャリアを振り返ってみると、彼が単なる「ギタリスト」の枠に収まるはずもなく、まさに「表現者」であったことを再認識させられる。そして、VJがバンドの構成要素として欠かすことのできなかったdownyに始まり、徐々にイラストレーターとしても才能を開花させ、初の個展開催を経て、音楽とイラストを融合させた『Lost in Forest』に至るまで、「映像的」であることは全ての表現のキーワードとなっていた。それはつまり、イマジネーションを刺激するものだったということ。

 執拗なまでに作りこまれた楽曲やイラストは、聴くもの・観るものを迷いの森へと誘い、自己との対峙を突き付けるものであり(『Lost in Forest』のジャケットに描かれた、真っ直ぐにこちらを見つめる山羊のように)、それは青木自身が生涯を通じて貫いてきたことだった。やるからには徹底的にやらないと気が済まない、妥協は決して許さない。その姿勢を共有することによって固く結びついていたのが、downyという集合体なのだと思う。

 3月19日のdownyのライブは、マニュピレーターとしてSUNNOVAが参加し、事前に録音された青木のギターを用いる形で行われた。青木はその録音について触れたツイートで、「もし、ステージに僕の姿がなくても音は響きます。僕はこれからもdownyの一員です」(Twitter)と記している。downyはすでに現在アナウンスされている3本のライブに出演することを発表済み。4月1日は盟友envyが主催するイベント『LAST WISH』に出演する。

■金子厚武
1979年生まれ。埼玉県熊谷市出身。インディーズのバンド活動、音楽出版社への勤務を経て、現在はフリーランスのライター。音楽を中心に、インタヴューやライティングを手がける。主な執筆媒体は『CINRA』『ナタリー』『Real Sound』『MUSICA』『ミュージック・マガジン』『bounce』など。『ポストロック・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック)監修。

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