井上陽水の“歌の魔力”を堪能するーー全国ツアーオーチャードホール公演を見て

井上陽水の“歌の魔力”を堪能する

 4月から6月にかけて行われた全国ツアーの秋バージョン『井上陽水 コンサート2017秋 “Good Luck!”』、東京・Bunkamuraオーチャードホール公演(11月13日)。先月には
映像ベスト盤『GOLDEN BEST VIEW ~SUPER LIVE SELECTION~』をリリースしたばかりだが、井上陽水はこの夜、新旧の名曲にリアレンジを加えた演奏、変幻自在のボーカリゼーション、軽妙かつシニカルなトークを交えながら、感動と笑い、緊張と弛緩がナチュラルに混ざり合ったステージを繰り広げた。

 開演予定の18時30分を少し過ぎた頃、バンドメンバー(長田進/Gt、今堀恒雄/Gt、美久月千晴/Ba、山木秀夫/Dr、小島良喜/Key、佐々木詩織/Cho、Lyn/Cho)が登場し、エキゾチックかつクラシカルなサウンドを奏でる。続いて、濃いピンクのシャツと黒のレザ—ジャケットに身を包んだ井上陽水が姿を現し、マイクスタンドの前に立つ。パン! と手を鳴らし、ゆったりと身体を揺らしながら放たれたのは、1983年のアルバム『バレリーナ』に収録された「この頃、妙だ」。アコギを手にした陽水はそのまま途切れることなく「Pi Po Pa」「フィクション」「青空、ひとりきり」「Make-up Shadow」を続けざまに披露。AOR、ブルース、ロックンロール、歌謡曲を気ままに行き来するようなアレンジ、凄腕ミュージシャンによるメリハリの効いた演奏も素晴らしいが、何といっても凄まじいのは楽曲のテンション、世界観によって自在に形を変える歌声だ。会場全体を包み込む包容力、強烈なダイナミズム、すぐ近くで歌っているような親近感。異なるイメージの歌声を同時に存在させるようなボーカルは、まさにユビキタス。……何を言っているかわからないかもしれないが、これも陽水の歌の魔力の仕業である。

 最初のMCでいきなり「これまでの半生を振り返りますと……」と切り出す陽水。「(デビュー時の)アンドレ・カンドレという名前もそうですけど、ホントにいい加減なことばかりやってきたなと。これからは誠心誠意、誠実という二文字を胸に刻んでがんばろうと思います」と言うと、筆者の後ろの女性客が「似合わない(笑)」とツッコミを入れる。

 この後も唯一無二としか言いようがない摩訶不思議な音楽世界が広がる。洗練されたアレンジと抒情的な旋律が混ざり合う「なぜか上海」、骨太のロックビートとともに<ガンバレみんなガンバレ>という力強いフレーズが響く「東へ西へ」。そしてライブ前半のハイライトは「ワインレッドの心」(安全地帯)だった。陽水が作詞、玉置浩二が作曲したこの曲をシンセとアコギを中心にしたボサノバ風味のアレンジでカバー。官能的なグルーヴと美しいメロディを融合したボーカリゼーションはまさに圧巻だった。

 会場全体がため息と拍手に包まれるなか、再びMC。「先日NHKの『SONGS』という番組で玉置浩二と一緒に歌いまして。『ワインレッドの心』の<忘れそうな想い出を>のところは最初<ブタのような女と>だったことをバラされました」と笑いを取る。「ワインレッドの心」で素晴らしい歌唱を披露したあとの、このトーク。ギャップ萌えにもほどがある。

 NHK『ブラタモリ』のオープニング曲「女神」とエンディング曲「瞬き」を続けで演奏し、しばし休憩。15分のインターバルを挟み、「最近の僕のライブでいちばん評判がいいのが、この休憩なんです」と笑いながら話し、後半は陽水、長田、今堀によるアコースティック編成から始まった。最初のナンバーは忌野清志郎との共作による「帰れない二人」。かつて渋谷にあった音楽喫茶「青い森」で清志郎と出会い、陽水のアパートで一緒に曲を作った思い出が語られたあと、この名曲が生々しく響き渡る。さらに初期の名曲「神無月にかこまれて」、沢田研二に提供した「Just Fit」のカバーも。特に「Just Fit」におけるボーカルは強烈。<“いいのよ ずっとこのまま”/“二人はジャストフィットなんだから”>と歌う陽水の声には、モラルという名の皮をはぎ取り、欲望そのものを露出させるような野性味が確かに宿っていた。

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