森朋之の「本日、フラゲ日!」vol.69
大森靖子、電波少女、日食なつこ、みゆはん…繊細なメンタリティを描き、ポップスに昇華した新作
他者との関係に敏感になり、何気ないひと言や視線、“どう思われているか”に捉われすぎた結果、言動に良くない影響が出てしまう。または、いつも漠然とした不安を感じていて、自分を肯定できず、未来に対しても前向きなビジョンを描くことができないーーこういった状態から完全に逃れられている人間は、現在、ほとんどいないのではないだろうか。社会の雰囲気を楽曲に反映することがソングライターの役割のひとつであるとすれば、誰もが抱えている精神的な不安定さを俯瞰し、それを普遍的な魅力を持った歌に変換できる能力こそが、今、もっとも求められていると言えるだろう。そこで今回は、繊細なメンタリティを描いた詩世界を、質の高いポップスへと結びつけているアーティストの新作を紹介したい。
大森靖子のニューアルバム『MUTEKI』は新曲「流星ヘブン」「みっくしゅじゅーちゅ」と「愛してる.com」「TOKYO BLACK HOLE」「マジックミラー」といった代表曲の弾き語りバージョンなど全20曲を収録したベスト的作品。現代を生きる一人の女の子の切実な生と性が刻み込まれた彼女の音楽はときにメンヘラ系と呼ばれるが(そしてそれは決して間違いではないと思うが)、自らの不安定なメンタルを俯瞰し、様々な音楽のテイストを効果的に引用しながらシリアスかつポップな楽曲へ結び付けるセンスこそが大森靖子の真骨頂である。そして、歌の骨格が剥き出しになる弾き語りバージョンからは、その本質の部分が強く伝わってくる。聴き手にとって音楽は魔法かもしれないが、作り手にとっての音楽は魔法ではなく、そこには意図・計算・技術などが詰め込まれていなくてはならない、ということがよくわかるアルバムだと思う。
筆者はハシシ(MC)から「俺、メンヘラっすから」「性格悪いんで」「卑屈なんです」というようなことを直接聞いたことがあるが、それを自らの芸風として磨き上げ、妬み、怒り、葛藤、不安、絶望といった感情を優れてポップなヒップホップへ昇華し続けた結果、電波少女(でんぱがーる)は数多のヒップホップ・アーティストとはまったく異なるスタイルとスタンスを手に入れた。先行デジタルシングル曲「ME」「FOOTPRINTZ」「NO MAME.」、さらに「クビナワ feat.ぼくのりりっくのぼうよみ&ササノマリイ」などを収録したメジャーデビューアルバム『HEALTH』は、その最初の集大成と言えるだろう。もっとも印象的だったのは「未来は誰かの手の中」。<何千回と、今年は“電波”来そうだね/毎年言われ続けもう何年?>と歌うこの曲は、自らの現状を卑下、揶揄するようなナンバー。しかし、記念すべきメジャーデビューのタイミングで「未来は誰かの手の中」と言ってしまうのが電波少女であり、その冷静な現状認識がゆえに筆者は彼らの音楽を信用できるのだ。
小学生の頃から老後の心配をするくらいに思い込みが激しく、12歳のときに「悩みや不安を解消するため」に歌を書き始めたという日食なつこ。シンガーソングライターとして活動しはじめてからも、周囲の反応よりも自分の表現欲求を優先し、「まずは自分のために曲を書くというスタンスは崩したくない」と語っていたのだが、本作『鸚鵡』で彼女は、明らかに変化の時期を迎えた。そのことをもっとも明確に示しているのがリードトラックの「レーテンシー」。凛としたリズムを奏でるピアノのフレーズとともに<漠然とした大丈夫にもう騙される僕らじゃない>と歌い上げるこの曲から伝わってくるのは、“自分の人生は自分で掴み取る”という意思。あえて自分の殻に閉じこもり、純度の高い楽曲を生み出してきた日食なつこは本作によって、魑魅魍魎が跋扈する音楽シーンに向かって勇ましく飛び立ったのだと思う。