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「現在の『音楽家Sundayカミデ』ができあがるまで」

音楽家・Sundayカミデはどのようにして作られた? 兵庫慎司がそのパーソナリティに迫る

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 奇妙礼太郎・テシマコージとのバンド=天才バンド、自身が率いるワンダフルボーイズ、自身のピアノ弾き語り、の三形態、全部合わせると3日にいっぺんくらいのハイペースでライブ活動中。それぞれの作品もコンスタントにリリース。2000年にスタート、現在も続く大阪のクラブ+ライブハウスイベント『LOVE SOFA』(最近は東京でも開催)のオーガナイザー。ゆるめるモ!やあいみょんなど、他アーティストへの楽曲提供、CM音楽の制作なども多数。

 配信番組『月曜プリマ』を長年続けていたり、「読書ラバダブ」なるオリジナルのパフォーマンスを行っていたり、著書もあったり(自伝的小説『あし』)、フィットネスジムのインストラクターをしていたり──と、八面六臂どころではない、二十四面十八臂くらいの活躍中、しかも大阪と東京の両方を本拠地としてそれを続けているSundayカミデ。

 『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でいしわたり淳治に作詞作曲を担当した天才バンドの楽曲「君が誰かの彼女になりくさっても」を絶賛されるなど、その評価や存在感は上がっていく一方だが、いったい何者なのか、何を考えているのか、どんな行動原理なのかが、今ひとつ見えてこない。

 番組内のトークやライブのMCなどで「おもしろエピソードの宝庫」であることもよく知られているが、それぞれのインパクトが強すぎるがゆえか、理解できるのは断片ばかりで総体がわからない。

 そこで、前述の『月曜プリマ』の東京版、虎ノ門ラウンジで公開配信を行っている『TOKYO PRIMA』で、「現在の『音楽家Sundayカミデ』ができあがるまで」をテーマに公開インタビューを行い、それをまとめてインタビュー・テキストにする、という試みを行った。

 「大東市内の小学校の統一を目指し、集団を率いて戦をする」「お父さんとお母さんの初デートは沖縄の基地返還デモ」などの定番ネタは出てきませんが、その分、Sundayカミデとはなんなのか、その一端がわかるテキストになったと思います。ファンもそうでない方も、ぜひじっくりお楽しみいただければ幸いです。(兵庫慎司)

音楽との出会い

 3歳の時に初めてピアノを弾いて。兄ふたりがピアノを習ってて、毎日1時間ずつ交替で練習してるけど、ちょっと斜めから見てたんですよ。「それっておもしろいの?」って。

でも、ひとりの時におもむろに弾いてみたら、作曲をしてしまったんですよ。一発目に。カセットテープで残ってるんですけど。「泥棒さんこんにちは」っていう。成人式の時に母親が、「お前の小さい頃のテープがあるから聴いてみたら?」みたいな感じで、「三歳 タカトモ 泥棒さんこんにちは」って書いてあるテープをくれて。

 聴いたら、僕がピアノ弾きながら「♪泥棒さん こんにちは また明日も会いましょう」って歌ってて、終わった瞬間に父親が「お母さんこいつ絶対天才やで!」って言ってガチャッと切れるんです(笑)。僕も忘れてたんですけど。その曲、一回だけライブでやったことあります、奇妙(礼太郎)くんに言われて。

 で、天才やということがわかって、ピアノ教室に行くのが5歳ぐらいからですね。そのピアノ教室の先生は、EGO-WRAPPIN’の中納良恵さんのお母さんなんですけど、めちゃくちゃ褒めるんですよ、僕のことを。「タカくんはもう、天才!」みたいな。

 僕全然譜面とか読めないから……その段階でややグレ始めてるんで、バイエルを広げて「今日はこの曲をやりましょう」って言われても、適当に、全然違うふうに弾いていくんです。

 ちょっとしたレジスタンスっていうか、怒られて早く帰りたいなって感じだったんですけど、先生ずーっと「すごい! すごい!」って褒めてくれて。で、僕の番が終わって、次の女の子にはむちゃくちゃ厳しくて、「違う!」って物差しバチーン!ってやりながら(笑)。それでちょっと勘違いが始まるんです。何をやっても自分は褒められる運命にあると思い始めた頃ですね。5〜6歳で。

 結局ピアノはうまくならないんですよね、我流なんで。5年生ぐらいまで習ってたんですけど、毎年大阪府大東市のサーティホールっていう、1000人ぐらい入れるホールでピアノの発表会があるんですよ、中納音楽総合教室の。小さい子から大学生まで、ピアニストも、プロなんじゃないかってバイオリニストも、一堂に会して。

 最初は僕も課題曲で出てたんですけど、4年生の時「タカくんは司会をしてください」ってことになって。出てくる人を紹介して、終わるとその人にインタビューして、進行していく──まあ、MCをやったんですけど、好評で。で、翌年も司会をして、「やりきったな」っていうところで、教室をやめました(笑)。

兄からの英才教育

 兄貴ふたりには、ピアノの発表会前とかはかなりしごかれて。まず上の兄貴が「おまえあの曲どないなってんねん?」って、弾かされて、「何してんねん! 指はこう!」とか教わって、「今日はこのへんにしとこか」ってとこで、下の兄貴が下りてきて。「それで終われるわけないやろ、最後まで練習しろよ」みたいな感じで。兄貴同士がタッチして、交代でしごかれるっていう。

 いちばん最初にCDを買ったのは、その頃で。Duran Duranの『Notorious』っていうアルバム。兄貴がまだ聴いてない、俺だけの早いやつ、それでジャケットがキテるやつをCDショップで探して、買ったのがそれでした。

 全然知らずに買って、タイトル曲を聴いて、ちょっと考えられへんぐらいヘンな曲やなと思って(笑)。それでハマりましたね。何回も聴いてると気持ちよくなってくるというか、トランス状態に入る感じで、「なんか気持ちいい音楽」って思えて。

 上の兄貴は自分の部屋でシンセサイザーで、YMOの「RYDEEN」を5時間ぐらい弾くんですよ。それがもうイヤでイヤで。それが聞こえてくると、こっちも「Notorious」かけて応戦してましたね。

  あと、小学校2年生の時に……僕、宿題をやっていかない子やったんですけど、上の兄貴が「宿題せえへんねやったらこれせえ」みたいな感じで、尾崎豊さんの「卒業」とか「15の夜」の歌詞を、ノートに書き写せ、って。

 「『行儀よくまじめなんて 出来やしなかった』、はいここで1行空けて」みたいな感じで書いて、そのあとに「どう思う?」って訊かれるんですよ。「いやあ、この人怒ってる人やな」とか言うて。「『この支配からの卒業』って、誰に支配されてるんですか?」「それはなあ」とかいう感じで、すごく解説してくるんですよ。

 ほとんど尾崎豊さんか長渕剛さんで。長渕さんの「ろくなもんじゃねえ」とか、「ピーピーピー」って書き写して「イントロで『ピー』しか言わんこのすごさ、おまえわかるか?」とか言われて。その歌詞の写経が、もしかしたら勉強になっている、と思いたいですね(笑)。

「気に入るとそれだけを聴く」リスナー生活の始まり

 で、中学1年生になって、学校を適当に休んだりしだした頃に、ジョン・レノンのアルバムを買って。『Imagine』を家で耳コピして、ピアノ弾いて覚えたりしてました。『Imagine』だけが好きで、それ以外全然聴いてなかったですね。中学1年2年は、もうそのアルバムしか聴いてなくて。

 The Beatlesの「Strawberry Fields Forever」とか、その1曲を延々と……「今日は『Imagine』をずっと聴く日」「今日は『Strawberry Fields Forever』をずっと聴く日」とか決めて、音楽の解読をするというか。高揚したり、気持ちよくなったり、眠たくなったり、自分が音楽を聴いてそうなる感覚を楽しみたくて、「今日はこの曲」って2〜3時間同じ曲を聴き続けてました。同じ曲を死ぬほど聴くっていうのは、その頃から今まで、ほとんどそうです。だから、聴く量としては少ないと思いますね。

 当時はバンドブームで。友達がエレキギター買ってもらったりして、コピーしてるのを見てて、ちょっと触らしてもらったりして。

 中2の時にバンド作りたいなと思って、兄貴のエレキギターを借りて、違う中学の子とバンドを組んだりもしたんですけど、あんまりうまいこといかずに。結局中3ぐらいまでずっとジョン・レノンだけ聴いてましたね。

 中学3年生の冬休みかな。ラグビースクールの先輩、ふたつ上だったんでその時高2の先輩がいて、クラブに連れて行ってもらって。

 アメリカ村にある店で、だいぶレゲエに偏ったクラブで。「おまえ服とかダサいから俺の服着ろ」みたいな感じで。その頃僕、服は細ければ細いほどいいと思ってたんですけど、「違う。ゆるやかであればゆるやかであるほどオシャレや。腰でズボン穿け」と。

読売ヴェルディのユニフォームを着て、ジーンズ腰穿きする、みたいな格好を一緒にして、週1ぐらいでそのクラブに通うようになったんですよ。

 レゲエのパーティーで、黒人のお客さんとかいて。いい曲がかかるとブブゼラみたいなのを「ポウー!」て鳴らすのが大流行りで。僕もそれを首から下げて、アメ村を、なんのビートに乗ってるかわからんけど、とりあえず身体を揺らして歩くみたいな(笑)。それで先輩と「ヤーマン」とか言って遊んでたんです。

16歳で「Star Light Future」を書く

 1年生から2年生で留年したんですね。留年すると、春休み期間中に手続きがいっぱいあるんですよ。まず高校をやめるのかやめないのかとか、留年するとしたら次の先生に引き継ぎとか、いろいろあって、それで春休み中に学校に行くことが多くて。

 で、音楽室にチラッと寄って、グランドピアノを勝手に弾いたりして、待ち時間をすごしてたりした時に……『あし』って小説にも書いたんですけど、音楽室でひとりでピアノを弾くのが、すごく気持ちいいなと思って。

 もう高校やめよかなと思ってたんですけど、どうせやめるんやったら好きな子に告白しようと思って、告白したんですよ。そしたら「告白してる場合じゃなくない?」って言われて(笑)。「留年してんねんから、一回ちゃんと人生考えた方がよくない? 告白はそのあとでいいやん」って。

 そらそうやな、と思いながら家に帰った……っていうのを、ちょっと曲にしてみたんです。それが今もやってる「Star Light Future」って曲で。

 そのへんのもやもやを……学校やめて高校生じゃなくなったら、「ちょっと悪い」とか「ちょっとオシャレ」とか、そういうのもうどうでもよくなるじゃないですか? 働いていくのか、どうするのか……そのへんで、今までのことが一切なくなって、すっきりしたというか。

 それで1曲作ったんですけど、これからどうするか考えなあかん、というので、ピアノを弾きながら何かを考えてるというか。そこで一瞬音楽にグッと入ったんですけど、結局もう一度高校生をやることになって、やるからには真剣にラグビーやろうというので、そのあとは、引退頃まではあんまり楽器を弾かなかったですね。

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