福山雅治が語る、音楽人生で大切にしていること「自分が最初に興奮して感動する人でなきゃ」

福山雅治、音楽人生を振り返る

 福山雅治が、ニューシングル『聖域』を9月13日にリリースした。今作の表題曲「聖域」は、ドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)の主題歌であり、ガットギターとバンジョーのサウンドが大きなポイントとなった、これまでの作品の中でも挑戦的な一曲になっている。今回リアルサウンドでは、『聖域』の特設サイトでインタビューを担当している音楽ジャーナリスト・柴那典氏によるインタビューを掲載。2回に渡る特集でお届けする。

 新しい楽器やニューオーリンズジャズとの出会いを語った前編に続き、後編のテーマは創作における“二つの軸”や、音楽と俳優を両立させた活動、そして今現在の自分について。福山雅治のシンガーソングライターとしての姿勢が浮き彫りとなるインタビューとなっている。(編集部)

自分の中には二つの創作の軸がある

(※前回のインタビューはこちら:福山雅治が語る、“音楽の源流”から辿りついた表現「いかに今日的な解釈として生み出すか」

――「聖域」という曲は、ガットギターやニューオーリンズジャズの刺激から生まれたわけですよね。そうなると、最初のドラマ主題歌のオファー時点であった「福山雅治の中にあるロックな感じでお願いします」という話からは完全にハミ出した結果になった。

福山雅治(以下、福山):そうですね。

――でも、それでいてちゃんと『黒革の手帖』というドラマの主題歌として機能するものになっているとも思うんです。オファーの時点であった「妖艶さ」というキーワードに応えている曲になっている。そういうところにも巧みなバランス感を感じました。

福山:ありがとうございます。

――そういったバランスについては、ご自身ではどんな風に考えてらっしゃいますか?

福山:実は自分の中には二つの創作の軸があるんです。一つは、箭内道彦さんの言う「クリエイティブ合気道」のように、オファーに対していかに有機的にクリエイティブするかというもの。それが、僕にとってのタイアップというものに対してのやり方なんです。「え? それやるの?」と感じるようなオファーが来た時にも、単に「いや、それは俺っぽくないからやらない」と決めてしまうのは、僕の中の“負けじ魂”というものがうずく。人間というものは多面体ですから、人によっては全く別のところが見えているわけで、「その感覚は俺にはわかんねえな」というものがあったとしても、その人にそう見えていて、それを欲しているのならば、自分が現在でき得る限りのことでそれに対して応えてみようと考えているんです。これまでにも、思いもよらぬオファーを受けて、やってみたら思いもよらぬアウトプットになったという経験をいくつかしているので。

――なるほど。では、もう一つの軸というのは?

福山:もう一つの軸は、そういった外部からのオファーに関係なく、自分の中で常に沸々と煮えたぎっているようなものですね。いろんなものとの折り合いのつかなさだったり、自己中心的だったり、エゴイスティックだったり、世の中と相容れないかもしれない感覚や感性。もしくは主義や主張。そういったものがあふれ出すという。

――その二つの軸が常に共存している。

福山:ある程度のスケールを持って活動するなら、二つのどちらかだけではダメだと思っています。もし自分個人から出てくるもののみだと、ある時期はすごくヒットするかもしれないけど、ある時期からあまり受け入れられなくなる危険性がある。かたやオファーばかりでクリエイティブしていくのも、これまた受け手側にとっては「じゃあ実際、あなたは本当のところどうなの?」と思われてしまう。だから、その二つの軸の両方が必要だと思っているんです。

――そういう感覚には、どれくらいのタイミングで気付いたんですか?

福山:こんな風に整理整頓して考えられるようになったのはずいぶん後だと思います。きっかけはデビュー当時ですね。「ドラマをやらないか」「映画やってみないか」と言われた時から、「なんでそれを俺がやるんだろう?」と思っていた。お芝居には興味はない、それより音楽をやりたいんだって言い続けてきたんで。けれど、そういうオファーがあること、自分が求められるっていうことに対して、嫌な気はしないんですよ。それで「そこまで言うなら何かあるのかもしれない」と思って始めたのがお芝居だったんです。でも、その中で掴んだものがあった。役者には、当然脚本家が書いたセリフがあって、監督がイメージしている役柄というものがある。その素材を与えられて、その解釈を試されるのが役者としての仕事だと思っています。それができなくて悔しいから続けてるっていうのは今もありますが、それをずっと続けてきたことによって気付けたことは多いと思います。

――なるほど。でも福山さんの活動のあり方がとても興味深いのは、もともと音楽がやりたくて、俳優として成功したという経験がまずあったわけですよね。そこから、もっと趣味的なものとして音楽をやっていく道もあったと思うんです。小さなライブハウスでわかってくれる人だけ相手に好きな音楽をやり、一方で俳優として求められるパブリックイメージを全うしていくという。でも、決してそうではない。音楽も芝居も何もかも本業であるというキャリアになってきている。そういう印象があるんですが、どうでしょう?

福山:自分が行きたい方向とか、こうなったらいいなというビジョンはいつも想像しているし、その設計図をもとに目標に向かって進んでいるつもりではありますが、やはり、思いもよらぬオファーを受けてやってみたら思いもよらぬアウトプットになったという経験のおかげというのは大きいんですよね。音楽で最初にそれを感じたのは「Good night」という初のラブソングを書いた時です。男の恋心を歌ったラブソングというものには、リスナーの頃にはまったく興味がなかったんです。僕はTHE MODSとかARBのコピーバンドをやってましたから。

――まさに九州の男っぽい硬派なロックバンドですね。

福山:あと、ソングライターではSIONさんが大好きだったんですけど、彼らの音楽の中でスウィートな恋心を歌ったような曲は僕の記憶にないんですよ。だから僕もまったくラブソングが頭の中にはなかったんです。ただ、「Good night」の時にチャンスをもらった。当時出演していた『愛はどうだ』というドラマのプロデューサーの方から「挿入歌もやってみたらどうだ」という話をいただいた。ラブソングが欲しい、君のことが好きで好きでどうしようもないというようなことを歌ってくれと言われたんです。最初は「困ったな」と思いました。シングルも全然売れてなかったんですが、やるしかないからトライしようと思って。木崎賢治さんというプロデューサーの方と一緒に質疑応答のような形式で歌詞を書いていったんです。「女の子を好きになったらどうなるの?」「好きで大切に思えば思うほど、してあげたいことが増えるんですよね」「してあげたいことって?」「僕の好きな場所に連れていきたいんです」「じゃあ、それを書こう」って。それを書いたら「うん、できたね」「えっ!訊かれたことを喋っただけじゃないですか⁉」って言ったんですけど、 「これでバッチリだから」と言われて。そうしてできたのが「Good night」なんです。当時の僕は「どうして自分のこっ恥ずかしい、一番見られたくないところを出さなきゃいけないの?」って思いましたが、まず周りのスタッフが発売前から「これはいい!」と。「どこがいいの? 恥ずかしいし、俺はもっとロックっぽいことをやりたいのに」と思いながら発売を迎えたら、それが今まで自分が出してきたシングルやアルバムと比べてスマッシュヒットになった。

――名プロデューサーですね。

福山:木崎さんは本当に素晴らしい方です。僕がお仕事させていただいたことはその一度しかありませんが、大きなきっかけをいただいたと思っています。

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