渡辺志保の新譜キュレーション 第9回
ジェイ・Z、ケンドリック・ラマー……2017年上半期、“シーンを変えた”ヒップホップアルバム5選
さて、他の良作に話を移そう。今年上半期、ヒップホップ・シーンの話題をさらったのは、なんと言ってもケンドリック・ラマーが2年ぶりに発表したオリジナル・フルアルバム『DAMN.』だ。今年の4月14日にリリースされ、翌月には既に100万枚の売り上げに届いていたが、7月13日には200万枚のセールスを突破し、ダブル・プラチナムに輝いた。そして、本作は2017年上半期のアメリカにおいて最も売れているナンバー・ワン・アルバムとしてもランク・インし、全米においては今年最も聴かれたアルバム作品に。前作『To Pimp A Butterfly』では現行のジャズやファンクの要素もふんだんに取り入れたサウンドを取り入れ、ジャンルを超えたファンも増やしたケンドリックであったが、今作では「HUBMLE.」や「DNA.」といったシングル曲にも顕著なように、攻撃的なリリックや勢いのあるヒップホップ然としたトラックが目立つ(ちなみに2曲とも、アトランタ出身の売れっ子プロデューサー、マイク・ウィル・メイド・イットによるビートだ)。とはいえ、『DAMN.』のサウンド構成の妙はさすがと言ったところで、リアーナとの「LOYALTY.」ではブルーノ・マーズの「24K Magic」をサンプリングしたビートが話題になったり、アメリカの現状を憂う「XXX.」ではU2を招き、ボノによる印象的なコーラスをフィーチャーしたりと、ケンドリックや彼のレーベル、<TDE>のメンバーたちにしか成し得ぬ絶妙なバランスが味わい深い出来に。他、ジ・インターネットとしての活動のほか、ソロ・アルバムも好評だった若きミュージシャン、スティーヴ・レイシーや、トロント出身の次世代ジャズ・バンドであるバッドバッドノットグッド、前作に続いて、カマシ・ワシントンやサンダーキャットといった気鋭のミュージシャンたちも多く参加しているのも注目すべきポイントだ。本作でケンドリックは“Wickedness Or Weakness”(邪悪さか、弱さか)という大題目を掲げ、個人の二面性や社会の矛盾といったテーマを複雑なライムとともにアルバムにまとめ上げている。現代ラップ・アルバムの真骨頂をぜひ味わってほしい。
さて、パーソナルな問題を掘り下げ、サウンド的にもタイトにまとめ上げたのがジェイ・Zとケンドリックの両者だったが、全く異なるアプローチで超大作アルバムを発表したのがドレイクだ。ドレイクのリリース動向については本キュレーション・コーナーでも逐一伝えてきたつもりだが、今年3月にドレイクが発表した『More Life』は全22曲、全尺80分超えの特大ボリューム。南アフリカの著名DJ、ブラック・コーフィーやグライム・シーンを支えてきたUKのスケプタやギグスらを招いたり、ハウスやガラージ、レゲエといった幅広いダンス・ミュージックのエッセンスを取り入れた作品となった。それもそのはず、本作はドレイクが“プレイリスト”と定義する作品であり(ジャケット下部には「A Playlist by OVO Firm」との表記がある)、彼の“現在の”嗜好がそのまま反映された作品となった。カニエ・ウエストからスケプタまでを並べる、こうした器用なスキルは、さすがドレイクならでは。
ちなみに今年はゴリラズのアルバム『Humanz』に参加したヴィンス・ステイプルズも、自身のアルバム『Big Fish Theory』でゴリラズのデイモン・アルバーンを招いたほか、UKのソフィーやオーストラリアのフルームらを招いて、よりアヴァンギャルドなヒップホップ・サウンドを創り上げた。逆に、EDM DJとして不動の地位を築いたカルヴィン・ハリスも、フューチャーやヤング・サグといった流行りのラッパーらを大勢起用したアルバムを作ったり、これからリリースが予定されているスティーヴ・アオキの新作アルバム『Kolony』でも、リル・ヨッティや2チェインズといったラッパー勢が多く参加することがアナウンスされている。というわけで、ミニマムに作り込んだアルバムとは対照的に、これからもジャンルを超えた、いわゆるプレイリスト的なアルバムやサウンド構築は主流になっていきそうだ。そういった意味でも、堂々と“プレイリスト”と銘打った新作を発表したドレイクはやはり策士といえそうだ。