トランプ政権突入後、ミュージシャンの反応は? J・コール、クリセット・ミッシェルらの新曲解説

 さて、2017年1月21日(日本時間)、ワシントンD.C.にてドナルド・トランプ新大統領の就任式が行われ、いよいよアメリカ合衆国におけるトランプ政権時代がスタートしました。就任式、そして就任後のトランプ氏にまつわるアレコレはすでに報道の通りですが、現在、世界中の多くの人が、言いようのない不安や戸惑いを感じているのではないでしょうか。そして、アメリカのラッパーたちもまた、自分たちの正直な思いをフロウに乗せ、吐露しています。

 ここで、時計の針を少し戻しましょう。2017年1月7日、ホワイトハウスにてバラク・オバマ前大統領による最後のディナーパーティーが開催され、そこにはポール・マッカートニーにスティーヴィー・ワンダー、ジェイ・Z&ビヨンセ夫妻にアッシャーやチャンス・ザ・ラッパーといったミュージシャン達もゲストとして招かれており、オバマ氏、そしてミシェル夫人との別れを惜しんでいました。そしてその約10日後となる1月16日は、故マーティン・ルーサー・キング牧師にちなんだキング牧師記念日。トランプ氏も、この日に合わせてキング牧師のご子息と面会をしていましたね(その一方で、黒人活動家であり政治家であるジョン・ルイスへの侮蔑的な発言も……)。

 そして同じくこの日、現代のヒップホップ・シーンを代表するリリシスト、J・コールが新曲を発表しました。実はJ・コール、DJキャレドやリュダクリス、コモン、ニッキー・ミナージュといったヒップホップ・アーティスト仲間らと一緒に、2016年にホワイトハウスに招かれているんです。彼の新曲「High For Hours」ではヴァース2で、実際にオバマ前大統領と会った際のことを回想しています。

「彼の眼には、アメリカの黒人男性らが直面している状況が映っているのかな? すべての権力を手にしているっていうのに、俺らを助けるのをためらっているのはなぜなんだ? でも、(実際にオバマに会ったら)彼がブラザーたちを心から気にかけていることは伝わった。これからも闘い続け、そして信じることをやめないで欲しい。あなたは子供たちのために、もっとこの世界を良くすることが出来るのだから」と正直な気持ちをスピットします。ヴァース1では宗教やISISの問題を、ヴァース3では「革命とは何か?」を自分に、そしてリスナーに問いかけます。最後は「本当の革命は、自分の内面から起こるもの」と告げるJ・コール。本曲のプロデューサーが語るところによると、コールはこの曲を書く際に非常に集中しており、5ヴァース分ものリリックを書いてプロデューサーに送ったとか。昨年12月にはアルバム『4 Your Eyez Only』をリリースしたばかりのJ・コールですが、アメリカ社会の現状に対してはペンが止まらない様子。この楽曲を聴いて、ますます彼が持つ「言葉の力」の重さ、そして強さを感じました。

 そしてその数日後、いよいよトランプの就任式を控えた直前、今度はブルックリンを拠点とする実力派若手ラッパーであるジョーイ・バッドアスが、自身の誕生日の前日に新曲「Land of the Free」を発表。

ジョーイ・バッドアス「Land of the Free」

 「俺たち自身が変わらない限り、世界は変えられない」というラインでスタートし、「“アメリカ”のスペルには三つのK(AmeriKKKa=Ku Kulax Klanの存在を示唆)が潜んでる」、「アメリカよ、悪いが俺は国のためには戦えない」、「オバマだって不十分だった、そしてドナルド・トランプだってこの国を治めるにはそぐわない」と嘆き、奴隷制やアイデンティティの問題を織り交ぜながら、社会に対する正直な思いを吐き出します。1995年生まれで、まだ22歳になったばかりのジョーイの言葉に心を揺さぶられた若いリスナーも多いのではないでしょうか。昨年はポジティブなメッセージ・ソング「Devastated」のヒットにも恵まれた彼ですが、今年発表されるという噂のセカンド・アルバム『AABA』は果たしてどんなパワフルな内容になるのか、期待が募ります。

ジョーイ・バッドアス「Devastated」

 思いの丈をスピットしているのはラッパーばかりではありません。トランプ新大統領の就任式の後に行われた大舞踏会においてその美声を披露したR&Bシンガー、クリセット・ミッシェル。皆さんもご存知だと思いますが、今回の就任式においてはスターたちが軒並みそのオファーを辞退した、というニュースも報じられていました。その最中、どうやら就任式でクリセットがパフォーマンスするらしい、と報じられた途端、彼女を取り巻いたのは(予想通りの)大バッシングの嵐。THE ROOTSのクエストラヴは「金を払ってもいいから、(就任式で)歌わないで欲しい」とツイートしたり(https://twitter.com/questlove/status/821770261158653953)、映画監督のスパイク・リーは、「Netflixで公開予定のドラマ・シリーズ『She’s Gotta Have It』の主題歌にクリセットの「Black Girl Magic」を使用しようと思っていたけど、もう絶対に使わない」とインスタグラムにポスト(https://www.instagram.com/p/BPcglyjlkrZ/)するなど、業界を巻き込んで大騒ぎになったほど。その後、クリセットは自身のHPにオープン・レターを公開。インタビューによると、就任式のオファーを受けた際に迷うことなく「イエス」と答えたそうですが、オープン・レターでは「黙ったままじゃ存在している意味がない。声なき声の為に、私は架け橋になりたい」と宣言し、就任式を終えた後に楽曲「No Political Genius」を発表しました。

 この楽曲、インストゥルメンタルは存在せず、歌というよりもポエトリー・リーディング、ないしはラップのような仕上がりで、クリセットは文字通り言葉を叩きつけるように、そして時にはそっと呟くように内心を吐露します。「スパイク・リーが歌わないブラック・ソングを歌ってやるわ」とスタートし、中盤には政治家のベン・カーソンやジョン・ルイスの名、ストリートを活動の場にしてきたアーティスト、故バスキアの名前も出しながら、自身の揺るがぬ意見をぶちまけており、少なからず彼女が相当な覚悟と責任、そして自分の意志を持って今回の決断に至ったかを感じ取ることができます。「トランプの就任式でパフォーマンスするなんて、彼女は自分のキャリアをどう考えているのか?」、「どうせ金のためにオファーを受けたくせに、言い訳がましいのでは?」という厳しい見方をするメディアもありますが、「ヘイトに満ちた言葉は、私の定義に当てはまらない」と高らかに宣言する彼女の言葉は、一聴の価値があると思います。

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