柴那典・森朋之・杉山仁が紐解く、2017年上半期チャート
2017年上半期チャートに見るJ-POPの現状とは? 有識者3人の座談会
「音楽がそれ以外のものと繋がったときにバズが起こりやすくなっている」(杉山)
ーー続けて、今回発表されたダウンロードチャートでトピックを挙げるとすると、Mr.Childrenの配信限定ベストアルバム『Mr.Children 1992-2002 Thanksgiving 25』『Mr.Children 2003-2015 Thanksgiving 25』の存在です。5月のリリースにもかかわらず、他のタイトルをゴボウ抜きし、レコチョクアルバムダウンロードランキングでワンツーフィニッシュを飾りました。
森:周りの人からもこのアルバムを買ったという報告はかなり聞きますね。ドームツアーが始まったタイミングということもあって、改めて聴き直すいい機会にもなっていたと思います。僕も先日東京ドーム公演を観たのですが、いまのバンドの状態はかなり良いですよ。小林武史さんのプロデュースから離れて、しばらく模索の状態が続いていましたが、音像周り、特にベースが攻めた音作りをしていて。よりロックバンドとしての演奏になっていたという印象を受けました。
柴:僕はスガ シカオさんの『愛と幻想のレスポール』(KADOKAWA)で取材と構成を担当したのですが、スガさんから聞いた話によると、桜井和寿さんは「簡単に手に入るものは簡単に手放されるから」という考え方のもとでこれまで配信をやってこなかったらしいんです。でも、このタイミングで配信に踏み切ったということは、何らかのスタンスの変化があったかもしれませんね。
森:ドームツアー自体もこれまでの自分たちを前半に、今のミスチルを後半に持ってくるような構成だったので、バンドとしてポジティブな転換期を迎えているように感じました。ファンも初期からの方だけでなく、その子ども世代ーー20代前半くらいの方の姿も多くみられました。
柴:J-POPにおける大きなキープレイヤーは、いまだにMr.Children・サザンオールスターズ・DREAMS COME TRUEであると言っても過言ではないので、彼らが若い世代とつながるためにスタンスを変えることで雪崩を打ってシーン全体の状況が一変する可能性はありますね。そういう意味で昨年から今年は、変化のタイミングなのかもしれません。
ーーサザンも配信を解禁していますし、いよいよ局面が変わってきた感じがありますね。ほかにもランキングにおける大きなトピックとしては、洋楽の国内におけるヒットチャートが挙げられます。レコチョクのランキングだと、オースティン・マホーン「Dirty Work」が1位、ジャスティン・ビーバーの「What do you mean?」が2位と、グローバルなチャートとは正直乖離のあるもののように感じました。
杉山:洋楽専門の媒体も少なくなり、洋楽を知る機会が減ったこともあって、ライトなリスナーがキャッチアップできない状況が生まれていますよね。それもあってか、音楽が音楽だけでは聴かれないという場面も増えていると思っていて。僕自身はリスナーは自分が好きな音楽を好きに聴けばいいと思いますし、そうした無意識の集積こそがポップ・シーンを進めていくと思うので、今の状況をガラパゴスだと批判するつもりはないのですが、日本独自の状況が生まれているのは確かだと思います。また、サブスクリプションサービスが定着すると、音楽を聴くデバイスはますます音楽専用の再生機器ではないスマートフォン中心になるはずです。そうするとながら聴きや、他のコンテンツとあわせた楽しみ方も発達していく。だから、音楽がそれ以外のものと繋がったときにバズが起こりやすくなっているというか。
柴:その「音楽が音楽だけで聴かれていない」ことの象徴がまさにオースティン・マホーン「Dirty Work」のヒットのような気がします。この曲は言うまでもなくブルゾンちえみのおかげで広く知れ渡った。2017年上半期最大のヒット曲だと思いますし、音楽に能動的な興味を持って追いかけていない人にも通じる、「PPAP」的な位置付けにあるとも言える。こういう現象が起こること自体は、僕はポジティブに捉えています。そのうえで、アメリカのビルボードでトップに立ったRae Sremmurd「Black Beatles」もオースティン・マホーン「Dirty Work」も、同じように捉えることができると思うんですね。「Black Beatles」はマネキンチャレンジに使われたことで多くの人に広まり、チャートを制しました。「音楽と関係ない何かに使われてブームになった曲が1位になる」という意味では、世界的な状況とシンクロしているとも言えるわけです。
ーー海外の曲がその国内での使われ方で大きく変わるという意味では、日本もアメリカも変わらないということですね。
柴:はい。先日シンガポールとタイのサムイ島に行ってきたんですが、ああいう他国からの観光客が多い場所で街鳴りしている音楽って、とても興味深いんです。ルイス・フォンシ&ダディ・ヤンキーの「デスパシートfeat.ジャスティン・ビーバー」とかケイティ・ペリーの「ボナペティ feat. ミーゴス」はそこらじゅうでかかっている。でも、ケンドリック・ラマーはビルボードで1位になった直後の時期にもかかわらず、一度も耳にしなかった。我々は何の気なしに「洋楽」という言葉で英米のロックやポップスやヒップホップを一括りにしているけれど、アメリカの音楽シーンですらグローバルなものとアメリカローカルなものの二層構造になっている。イギリスもそうです。エド・シーラン、アデル、サム・スミスがグローバルなものだとしたら、ロンドン・グラマーのようにUKチャートで1位になっても他国ではあまり聴かれていないものもある。そういう視点で、いろんな国にその国なりの「洋楽」があると捉えると、日本の状況もそういう意味では大差ないというか。
杉山:それを踏まえてレコチョクの洋楽ランキングを見ると、エド・シーランが5位にいるのはすごいですよね。この中では唯一ローカル的な施策を打っていないんですけどね。
森:新作『÷』は、ライブでコピーするシンガーも多くて、改めてその影響力を突きつけられますね。
柴:1st『+』の時点ではダミアン・ライスやジェイムス・ブラント以降の「泣ける歌、良い歌を歌えるシンガーソングライター」という路線だったのですが、2nd『×』ではファレル・ウィリアムズを迎えて一気にアメリカナイズドされた。で、3rdは1stと2ndの融合でその先に行ったわけですが、その間にモンスターヒットを生む大スターになったんですよね。
ーーシングル曲を別バージョンで10回リリースし、ストリーミング配信で多く接点を作ったり、アルバム各楽曲の音源をYouTubeにアップして、どのプラットフォームでもアルバムを聴ける状況を作った結果、発売週のUKチャートがエド・シーランの曲で埋まったんですよね。
杉山:UKシングル・チャート・トップ10のうち9曲を独占するという(笑)。その結果、UKでは特定のアーティストの独占状態を防ぐために、7月7日付のシングル・チャートからは同一アーティストの楽曲ランクインを上位3曲までに制限する対策が取られました。
森:エド・シーランの『÷』に関しては、広がり方がアルバムというよりプレイリスト的に聴かれている気がしていて、これも近年の風潮と言える気がします。