トランプ政権突入後、ミュージシャンの反応は? J・コール、クリセット・ミッシェルらの新曲解説

 次に紹介するのは、永遠のリリシスト、ナズのヴァースを用いた新曲。スペインを拠点とし、ここ日本でもANARCHYへの楽曲提供などで知られるプロデューサー・チーム、Cookin' Soulですが、ロビン・シックとナズの楽曲「Deep」から、ナズだけのヴァースを抜き取ったリメイク楽曲をSoundCloud上にポストしました。

 昨年、ルイジアナのバトンルージュで抵抗せぬまま警官に撃たれて死亡したアルトン・スターリングの事件や、おもちゃのエアガンを持っていたところ、それを本物の銃だと勘違いした警官に撃たれて命を落とした12歳の少年、タミル・ライス君の痛ましい事件のことを落とし込んだナズのライムには、現状に対する緊迫感がひしひしと感じられます。特にタミル・ライスの事件に触れている箇所は「息子よ、水鉄砲で遊んじゃダメだ。だって警察の目には7歳の子供ですら脅威の対象に映るんだから」と自分の息子に語り掛ける形で、現代のアメリカにおける悲しい状況が描写されています。今回、新曲として発表された「Newsflash」にフィーチャーされているのは「Deep」の最初のヴァースのみですが、原曲のヴァース2には「お前は(現状を)緊急事態だと思ってないんだろ。ヅラをかぶった嘘つき野郎が、このアメリカを仕切ろうとしている」と、ドナルド・トランプに向けた箇所も。いつだって時代を反映する鋭いライムを放ち続けたナズらしい切り口(というよりも斬り口?)満載の楽曲なので、ぜひ原曲も聴いていただきたいです。

 最後は、これまでにリアーナやジャスティン・ティンバーレイク、フランク・オーシャンらのソングライティングに携わってきた稀代のシンガーソングライター、ジェイムス・フォントルロイの新作「American Eagle OG」を。

 タイトルと非常によく似た名前のファッション・ブランドもありますが、タイトルに付けられている「OG」とは「Original Gangster」の略称で、しばしば「権力を持った先輩、年長者」といった意味でも使われるスラングでもあります。「銃弾や飛行機も避けながら、クソみてえな世界をも越えて高く飛ぶ鷲」を描写し、「遅くなっても、また戻ってくる。愛を再び偉大なものにするために(Make Love Great Again)」と、トランプのスローガンである「Make America Great Again」をもじって、社会全体を鼓舞するメッセージ・ソングに仕上がっています。

 海外の音楽記事に「トランプの大統領就任が決まってから良かったことは、唯一、ミュージシャンたちのモチべーションが上がったこと」と皮肉めいたことが書いてありました。私もこうしたシチュエーションになって改めて、ラッパーたちを中心に、現状の社会を、そして自分たちの気持ちや姿勢を変えようと楽曲を作る彼らのことを興味深く感じており、特にジョーイ・バッドアスら、若いラッパーたちが力強いメッセージを孕んだ楽曲を発表していくことは、かなり大きな意味を持つのではないかと思っています。これから、とんでもないパワーを持った名曲が生まれるような気もしますが、不安定で危なっかしいトランプ政権が動き始めていることは事実。すでに憤るようなニュースも飛び交っていますが、最悪の事態を招かぬことだけを今から祈るばかりです。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
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