『岩里祐穂 presents Ms.リリシスト〜トークセッション vol.2』
岩里祐穂 × 松井五郎が語り合う、作詞の極意 「女性が書く詞には“強さ”がある」
作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト~トークセッション vol.2』が2016年11月27日に開催された。このイベントは岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開するもの。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様を対談形式で掲載している。今回ゲストとして登場したのは、幅広いジャンルで活躍する松井五郎。作詞家として同じ時代を過ごしてきた両者だが、楽曲をテーマごとに見ていくと、それぞれの作風の違いが見えてきた。(編集部)
はじめに
松井:岩里さんは、今年作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』をリリースされましたが、僕も1981年に初めて作詞をしたので、ある意味35周年なんですよ。
岩里:ではほとんど同じですね。私もシンガーソングライター時代を入れて35周年ということなので。
松井:そうそう、僕たち共通点が多いんですよ。他の作詞家の方がどんな風に詞を書いてるのか気になりながらも、これまであまりそういう話をしてこなかったので、今日お話しするのを楽しみにしてきました。
岩里:今年に入って初めてお会いした時、松井さんはこれまで3000曲書かれていると聞いて驚きました。私は1000曲も書いていないので。多作と寡作、男と女、同じ時間を生きて同じ仕事をしてきたけれど、いろいろな違いがあることが面白いと思いました。今回は松井さんからのご提案で、同じテーマに対して2人がどのような作品を書いてきたのかを振り返りながら、それぞれの作品の違いについて検証していきたいと思っています。
松井:作詞をしていらっしゃる方、音楽に関わっている方、これを機に詞を書いてみようと思う方もいるかもしれないですし、それぞれの書き方やノウハウ、感性みたいなものがうまくお伝えできればいいなと思います。
テーマ:応援歌
今井美樹「PIECE OF MY WISH」(1991年)
松井:いろいろテーマがある中でも、まず“応援歌”って多くないですか?
岩里:「応援歌を書いてください」というよりは、元気が出る歌、人を励ます歌というのは結構ありますね。私の曲からは今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」。「人を励ます」という恋愛以外のテーマで初めて書いた歌です。
松井:書いた時の状況は覚えてます?
岩里:息子がお腹にいた8カ月の頃に書いて、陣痛、出産とともに世の中に出た歌ですね(笑)。今井美樹さんが主役の『明日があるから』(TBS系/1991年)というドラマの主題歌だったんですけど、ある意味人類愛に目覚めた自分で書いていたかもしれない。でも、とにかく苦しんで書きましたね。最初書いた歌詞が全然ダメで、これは2稿目。「隣にいるちょっと落ち込んでいる友達を励ますような歌を書いてほしい」というリクエストがそもそものスタートで、このような曲になりました。
松井:歌詞はどこから書き出したんですか?
岩里:<どうしてもっと自分に 素直に生きれないの>、このサビの最初の1行からですね。今井美樹さんはすごい努力家で、歌入れでも「もう1回、もう1回」という方なんですね。「どうしてもっとこうできないかな」といつも口癖のように言っている美樹ちゃんの姿がとても印象的で、彼女の思いを込められるのではと思い、このフレーズがすぐに浮かびました。
光GENJI「勇気100%」(1993年)
松井:僕は応援歌といえば「勇気100%」かなと。ここでは光GENJIバージョンをご紹介します。
岩里:ジャニーズでずっと歌い継がれている曲ですよね。
松井:今はジュニアBoysが歌っています。
岩里:私は本当にこの曲が素晴らしいと思っていて。「元気が出る歌」を書こうとすると、<頑張る>とか<やりきる>とか、ある程度ワードが決まってくるわけですよ。そこからどういう言葉でどういう風に伝えていくかということが、私たちの仕事の毎回の葛藤だったりするんですけど。で、今回、“松井五郎研究”をしていて気づいたのが、<夢はでかくなけりゃつまらないだろ><もう頑張るしかないさ><やりきるしかないさ>の部分。松井さんは“否定”を使っている。ストレートに「頑張ろう」と書かないんだ、と気づきました。同時に私はアイドルに「つまらない」って言葉を歌ってもらうのは結構勇気がいるなと思って。松井さんは平気で書いちゃうんですね。
松井:また後にも出てくるかもしれないですが、僕の“芸風”です。
岩里:そう。この松井五郎の芸風論が相当面白いんですよ、皆さん(笑)。
松井:なにかを断定する、例えば「夢は叶う」「こうすれば大丈夫だ」ということは僕自身、自分に自信がない人間なのであまり言い切れない。ただ、今挙げていただいたような少しひねった言い方であればできるんです。
岩里:<頑張るしかないさ>は、<ない>という言葉の使い方がすごくキーになってますよね。<頑張ろう>だときれい事だけど、<頑張るしかない>と言われるとなぜかリアルに感じられる。
松井:ありがとうございます。あと、少し話が逸れますが、実は僕は歌の始めとかサビの頭とか、メロディの性格を気にするところから作詞に入るんですよ。
岩里:以前「一番初めにどこから詞を作るか」という話をした時に、「私はテーマは何だろうって深く考えるところから入る」ってお答えしたら、「僕はブレスですね」って一言で。「はあ?」って笑っちゃいました。息継ぎから考えるとおっしゃっていましたけど、これは具体的にはどういうことですか?
松井:もちろん歌詞の内容は大切ですけどね。でも、いわゆる曲先、曲を先にもらっている場合はもうメロディがあらかじめ決まっているじゃないですか。そうすると、どこで息継ぎをするかというメロディの性格みたいなものがあるので、それを先に分析するところから始まるんです。僕の詞はこの後にご紹介するものも見ていただいたらわかりますけど、文節が割と短いんですよ。「勇気100%」でいえば、<がっかりしてめそめそしてどうしたんだい?>のようななるべく短いフレーズで、さらに出だしに強い音、例えば濁点を使ったり。
岩里:確かに凝縮されているフレーズ、濁点は強いですね。……作詞講座みたいになってきました(笑)。
松井:メロディにもよりますが、サビや頭の音の強さをすごく気にする。なので極端にいうと、内容よりも先に“が”、“ぶ”、“じ”、という音を使うことを先に決めたりすんです。先に決まりを作ってしまう。
岩里:“が”と“ぶ”と“じ”が先に決まっていた?
松井:そうそう、そういう濁点のついてる言葉はないかなと最初に考えたりるわけです。
岩里:違いますね、思考回路が。
松井:先日も笑い話になりましたけど、歌詞の作り方が岩里さんは黒澤明で僕は北野武だっていう(笑)、恐れ多いですけど。岩里さんはいいものが出るまで粘る。僕はまず書き上げて編集していくみたいな。そして、この作り方だと早く作詞をすることができるんですね。