岩里祐穂 × 松井五郎が語り合う、作詞の極意 「女性が書く詞には“強さ”がある」

岩里祐穂 × 松井五郎が“作詞”を語る

テーマ:実り

坂本冬美「また君に恋してる」(2010年)

松井:「実り」って何だ、って話ですが。恋の成就、幸せについてと考えていただければいいかなと。

岩里:これもまた私からリクエストした一曲です。

松井:僕の選曲がどんどん却下されていく(笑)。

岩里:この歌、最初はサビだけ知っていたので、「同級会で久しぶりに会った同級生にまた恋しちゃったのかな」と思っていて。で、全部聴いたら夫婦の歌なんだと気づいて。もうエロいのなんのって。

松井:夫婦というか、熟年ですよね。夫婦とは限らないじゃないですか。

岩里:なるほど。それにしても<初めてのように触れる頬>って表現、これもエロくないですか(笑)?

松井:そういうつもりで書いたわけじゃないんですけど(笑)。この歌詞も先ほどお話ししたように最初の1行は視覚なんですよ。場面の描写から入ってきて、その次に感覚的というか、皮膚から伝わったことを出していく、そういうことは考えました。これも実はインパクトの強い“あ行”で始まっている曲。サビもそうです。あと、とある人に言わせると、どこの音が耳につくかというのは、その時代ごとにブームがあるらしく。<また君に>の部分の1番上の音が“に”で“イ行”じゃないですか。これがブームだったそうです。たまたまこの時期は<また君に>というところがうまく当たった。実は少し歌いにくい歌なんですけどね。

岩里:嫌がられますよね、“イ行”って。私もいつも「“イ行”は嫌なんですけど」って言われます。

松井:しかも”イ”の音が3つ続くんですよね。歌われる方の歌唱力によってはこう書かなかったかもしれない。ビリー・バンバンや坂本冬美さんが歌うという前提でこれぐらいのところは問題ないだろうという気持ちがあったのかもしれません。

岩里:松井さんは歌の入り方が立体的ですよね。私はテーマとか思いをどうするとか、そういうことばかりを考えているので、やっぱり全然違いますね。

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松井:依頼する側も、女性の作詞家はじっくり考えるというか、いい意味で時間をかけて作るんじゃないかと思ってる気がします。僕なんかは逆にいうと、今日明日みたいな仕事も少なくないですから。例えば早く書くという意味で、「また君に恋してる」のBメロの技術的なことを言ってしまうと、<いつか>をまず決めると、2番も<いつか>になる。2番に入るのは語感的に<いつか>か<いつも>ですからね。で、<風><花><雨><空>という言葉も決めてしまうんです。そうすると「風が○○する花」なのか、「雨が○○する空」なのか、ということで色んなことを考えていける。普通だったら1番で2行を考えて2番でまた2行考えなきゃいけない。ところが今みたいな考え方をしていると、1番と2番が同時にできるんです。

岩里:パズルのように。

松井:そう。だからそうやって考えていくと早い。勿論、そのフレーズに対する美意識はありますが。

岩里:その方法の良さは、ある程度ドライに考えることで、ストーリーに入り込み過ぎず別の角度から書くことができるし、冷静に構築することができますよね。

松井:あと、濁点だけで新しくなるか古くなるかの差が出る。「まだ君に恋してる」だと未練が出ます。

岩里:「また君に恋してる」、「まだ君に恋してる」、“た”と“だ”でだいぶ違いますよね。サビ2行目の<まだ君を好きになれる>、これは最初から決めていたワードですか?

松井:そうですね。同じメロディなので近い音にしました。

岩里:でも、この<まだ君を好きになれる>のところ、私は夫婦の話だと思っていたから、「まだ君を好きになれる」ってそんな冷静に言われるのはちょっとヤだと思っちゃいました(笑)。<心から>って救いを入れてはくれてるんですけど。

松井:面白いもので、熟年層に向けて書いたのに、この曲は小学生や中学生も曲をダウンロードして聴いてくれました。その子たちでも<また君に恋してる 今までよりも深く/まだ君を好きになれる 心から>の2行は当てはまるんですよ。先週別れた2人が「また君に恋してる」でもいいし、ここの部分だけを携帯の着歌で使っている人もいました。当時思ったのが、ある一定のファンの人たちに向かって曲を作るとある程度のヒットはしますけど、それ以上のヒットになる時は自分が思ってもいない人たちが、いいと思って反応してくれることなんだなと。

岩里:大人の歌なのに易しい言葉で書かれていることが素晴らしい一曲ですね。

中山美穂「幸せになるために」(1993年)

松井:岩里さんは世界観が先ほどからずっと安定していていいですよね。僕はジャニーズにいったり氷室京介さんにいったりしてますが。

岩里:お次の曲は、中山美穂さんの「幸せになるために」。これは書いてある通りのストレートな歌ですね。

松井:これも最後の行<信じています いつの日も/心から 伝えたい/二人で 生きて ゆきたいの>の部分、今井美樹さんの「半袖」でも言っていたような強さが出ています……この表現は僕は照れちゃいますね。

岩里:私は宣言するので。

松井:女性が書く詞の特徴は、多分こういう“強さ”というのかな。もちろん男性でこういう書き方をする方もいると思うんですけど、僕なんかは照れちゃうんですよ。書くとしても「愛する人はあなたかもしれない」とかそういう遠回しな言い方になっちゃう。

岩里:松井さんははっきりと言わないですよね、色んなことを。全ての人生において、はっきりと言ってこなかったっていう話なんじゃないかと。

松井:詐欺師みたいじゃないですか(笑)。

岩里:モテ男でしょ? モテるでしょ?

松井:いやいや全然。

岩里:好きとは言わないでしょう。

松井:「かもしれない」とか。

岩里:松井語ですね(笑)。詞も基本ぼかしてますよね、今まで気づかなかったけど。

松井:よく言えばフィルターをかけているんですが、まぁ、そう、ぼかしてるんですよ。もちろん言葉数やメロディによったり、例えばキャラクター、それこそ吉川晃司さん、大友康平さんのような方の場合は「もっとはっきり言ってくれ!」みたいなこともありますが。そうすると「お前を決してはなさない」(HOUND DOG/1996年)というような曲が生まれる。「これは大友さんのものだ」と目をつぶりながら書きましたけど(笑)。作詞家ですから、歌う方が自分のもののように思って歌ってくださるのが一番なので、時に僕の中にないキャラで書くこともあります。

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