長渕剛『THANK YOU ACOUSTIC TOUR 2016』Zepp Tokyo公演
長渕剛、ファンとの信頼関係を確かめた夜 決意の「乾杯」歌ったスペシャル公演レポート
「自分で書いた歌なのに、自分に刺さってくる時がある」ーー長渕は昔、そう言っていたことがあった。怒り、悲しみ、喜び……、己の感情をそのまま歌にしてきた。これほどまでに自分を包み隠さず晒け出すアーティストはそうはいないだろう。ゆえに他者から誤解を招くこともあれば、そのまま自分に降りかかってくることもある。だから自然と歌わなくなった曲もあるし、自ら封印してきた曲もある。そして、時代によって歌い方もアレンジも、時にメロディですらも変わる。
「ラジオから、昔の俺の曲が流れてくることがあるんだけど…すごく嫌なんだよね。俺はあの時よりもず〜っと先に進んでるつもりなのに、長渕剛の過去も現在もなく、そのまんまの形で流れてしまうラジオを聴いている人間には、俺がどれだけ進んだかなんて関係ない、どっちでもいいことなんだよね。」
「24歳の時によく書けたな…なんて詩もある。すでに作品として輝いてる昔の曲を、今の声で、今の気持ちで歌い直そうと思ったんだ──。」
ーーアルバム『NEVER CHANGE』ライナーノーツより
1988年にリリースされた『NEVER CHANGE』は78年にデビューした長渕が10年を迎え、シングル曲ではない楽曲をニューアレンジでセルフカバーした作品だ。20代から30代へ。ライブはギター1本からバックバンドをつけるようになった。ファルセットを巧みに使った澄んだ歌声もいつしか野太く、吠えるような歌声になった。トレードマークだったサラサラのロングヘアーも短く刈った。長渕にとっての最初の10年はアーティストとして、人間として大きく変化した10年であった。
このアルバムからシングルとしてリリースした「乾杯」が大ヒットした。ファンのみならず、今なお世代を超えて多くの人に歌われ愛されている歌だ。「Aメロ→Bメロ→サビ」という90年代の音楽シーンに確立された楽曲展開を持たず、抑揚のついたおおらかなメロディは、唱歌に通じるような普遍性を持った歌である。この日のセットリストの中で、唯一歌われたシングル楽曲がこの「乾杯」だった。ファンは長渕本人のことはもちろん、“長渕の歌”が好きだ。だからライブでは声高らかに長渕とともに歌う。「乾杯」はその象徴といえる歌である。東日本大震災後に航空自衛隊松島基地でこの歌を贈ったとき、自衛隊員が肩を組みながら合唱する光景も印象的だった。
富士のあと、長渕は「ヒット曲はもう歌いたくない」そういった胸中を幾度となく明かしていた。歌われた「乾杯」は我々の知っているものではなかった。
「騙されねぇぞ、マスコミ」赴くまま怒りをぶちまけるような詩、新曲と思われた節に続いて、そのまま突如「乾杯」が始まったのだ。これまでは“ともに歌う”「乾杯」であるのなら、この日は“じっくりと聴かせる”、いや、“聴く者をねじ伏せる”「乾杯」だった。激しく打ち鳴らされるギターと、けたたましく咆哮する歌声。会場全体が鬼気迫る長渕の姿に飲みこまれていく。これは穏やかな祝杯ではない、同じ志を持つ者が盃を交わし、ともに闘っていく決意の「乾杯」だった。
「勇気としあわせの爆弾を落としていかなればいけない」先述のインタビューで語っていた言葉だ。「歌を書き続けてファンと一緒にロックして、世の中に発信していく」「研ぎ澄ました歌を書きたいという気持ちは以前より強い」とも。一緒に、自分の原点であるギター1本とハーモニカだけでステージに立ち、自分をもっとも愛してくれるファンといつもより近い空間で信頼関係を確かめ合い、ともに闘っていくことを誓った夜だった。
この公演終演後、最大の理解者でありパートナーである悦子夫人が「とてつもない緊張感の中でのライブ」「一秒の狂いも間違いも許されない現場の殺気のような空間から生まれるもの」と自身のブログに綴っている。(「こっから!!こっから!」長渕悦子 official site)長渕自らが音響、照明など演出に関わるすべてをプロデュースし、一切手を抜かないことは知られているが、それはたとえ、10万人の壮大なライブでも、2000人のライブでもそこに注がれる熱量は同じ、常に命懸けである。セットもないシンプルなステージだったが、照明の動き、色、楽曲ごとにこまめに持ち変えるギターのタイミング、各ギター、ピアノの音……、すべてにおいて寸分違わぬ完璧に近いステージであったことは言うまでもあるまい。
長渕剛ほど、良くも悪くもパブリックイメージが両極端になるアーティストもいないだろう。好きな人はとことん好きだが、そのぶん苦手な人も多いのも事実だ。現在、長渕剛LINE公式アカウントの登録者数は72万人を超えたという。無論、内容の充実さ面白さもあるし、その数すべてがファンだということではないだろう。だが、それだけ注目されている存在であるということは間違いない。60歳を超えて、今なお刃を研ぎ澄まし、これだけの影響力を与え続けるアーティストは日本に、世界に、何人いるのだろう。
音楽は多様化し、その在り方も愉しみ方も変わった。この先ますます変わっていくはずだ。そんな中で長渕剛はどんな歌を書き、歌っていくのだろうか。我々の心の中にどう響いていくのか。楽しみで仕方ないのだ。
(取材・文=冬将軍/写真=辻徹也)
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