宇多丸が語る、名著『ヒップホップ・ジェネレーション』をいまこそ読むべき理由(前編)

宇多丸、ヒップホップの名著を語る

宇多丸「ポリティカルな流れと並行して書くのに、都合がいいところをピックアップしている」

磯部:ただ、『ヒップホップ・ジェネレーション』には批判もあって、例えば、KRS・ワンは「学識が感じられなかった」とバッサリ切っています(unkut.com、07年)。まぁ、その主な理由は、同書の中で、彼が先導した〝ストップ・ザ・ヴァイオレンス・ムーヴメント〟が軽視されているってことなんですが。

宇多丸:確かにそうだね(笑)。

磯部:対して、ジェフ・チャンは「この本は決定版であることを意図していない。〝ヒップホップ・ジェネレーション〟について考える大きなウェーヴのための、小さな貢献であるつもりだった」というような反論をしています(公式ホームページ、07年)。と言うか、彼は前書きで「これは、世代(ジェネレーション)という虚構(フィクション)についての真実(ノンフィクション)の歴史である(略)。また、これはあくまで歴史の一つのヴァージョンにすぎない」「これ以外にも、ヒップホップ・ジェネレーションの歴史には数多くのヴァージョンが存在する。いつの日か、すべてのヴァージョンが語られることを祈って」と、ちゃんと断っているんですけどね。歴史を記述することが、ある種のフィクションを創作することだと認識しているのは、誠実な態度だと思います。

 とは言え、その創作の出来がどうかということを問われるのも仕方がないことであって、例えば、『ヒップホップ・ジェネレーション』では、詳しく語られるアーティストがかなり限られていますよね。オールド・スクールの後はパブリック・エナミーに飛んで、その次はN.W.A.って感じで、ラン・DMCもエリックB&ラキムも、そして、ブギー・ダウン・プロダクションズもさらっと書かれる程度っていう。その辺のチョイスについてはどう思いましたか?

宇多丸:ポリティカルな流れと並行して書くのに、都合がいいところをピックアップしているよね。でも、それ以上の理由はなくて、別にあまり取り上げていないアーティストを軽視しているわけではないのは、読んでいてもわかる。一方で、アメコミの『ヒップホップ家系図』(エド・ピスコー作/原題=Hip Hop Family Tree, 14~)なんかは、“みなもと太郎先生型”というか、同時進行でそれぞれの立場の人を描いていて、それはそれで歴史に一番近いのかもしれない。あれで初めて知った話もたくさんあるし。

磯部:あの本のトリビアの詰め込みは凄いですよね。一方、ストーリーの流れは意外と従来の歴史観に沿っているような気もしましたが。

宇多丸:まあね。でもとにかく、その時代までいくと当事者以外に語る人がいないから難しいよね。ちゃんと語れるのはわずかに10人とかの世界になっちゃって。

磯部:オールドスクールに関しての研究は『ヒップホップ・ジェネレーション』が出たあとにもさらに進んでいて、グランドマスター・フラワーズやピート・DJ・ジョーンズ、ザ・ディスコ・ツインズといった、いわゆる3大オリジン(クール・ハーク、グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータ)以前/以外のDJにヒップホップのルーツを見出すドキュメンタリー『Founding Fathers: The Untold Story of Hip Hop』(Ron Lawrence & Hassan Pore, 09)も話題になりました。

 ただ、ラップにしても、ルーツはアフリカン・アメリカンの伝統文化であるダズンズだとか、幾らでも遡っていくことは出来るので――もちろん、その作業も重要なんですが、あまりにも壮大になって焦点がぼやけかねない。だからこそ、冒頭で言ったように何処から始めるかも重要で。つまり、ジェフ・チャンの『ヒップホップ・ジェネレーション』がこれだけ評価されたのは、彼が切り取った〝歴史〟の形が鮮やかだったからですよね。

宇多丸:そうだね。それこそ、みなもと太郎先生も言ってる。『風雲児たち』などの作品群の中で、一体どの物語が正しいんですか? って聞かれて、「どれも正しいんだ馬鹿野郎。私の本の何を読んでるんだ」って。最近だと、 アフリカ・バンバータに昔、性的虐待を受けたという男性の告発がニュースになっていたけれど、バンバータは当時、ブラック・スペード団の若頭で、強烈なホモソーシャル集団にいたわけだから、そういうことがあってもおかしくなかったのかなとも思う。KRS・ワンなんかは「バンバータが去った後には必ず死体が転がっている」って、ずっと言っていたからね。

磯部:バンバータの疑惑が本当なのだとしたら、音楽と人格は関係ないと言っても、彼の場合、音楽と思想が分け難く結びついていたので、がっかりされて当然だとは思いますけどね……。それにしても、何故、KRS・ワンって、オールドスクールのアーティストにあんなに冷たくあたるんですかね。『ヒップホップ・ジェネレーション』についても、クール・ハークが書いた推薦文をちょんけちょんに言っていましたし。

宇多丸:まあ、「綺麗事言いやがって」って気持ちがあるんじゃない? 「若者の未来を思って」って、どの口が言ってんだという。実際、彼もクルーではひどい目にあっていた可能性だってあるし。

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