『ザ・グローイング・マン』リリース記念インタビュー

スワンズが“現メンバーラスト作”に込めた真意ーーマイケル・ジラに訊く

 2013年、2015年と行われた来日公演の壮絶としか言いようのないパフォーマンスの記憶も新しいアメリカン・オルタナティヴの神話的巨星スワンズが、2年ぶりとなる新作『ザ・グローイング・マン』をリリースした。前作『トゥー・ビー・カインド』同様2枚組の大作だが、内容は彼らの最高傑作として各所で絶賛された前作をさらに上回る凄まじい作品に仕上がっている。すでに大ベテランといっていい歳なのに、この熱量と密度、張り詰めた緊張感はまったくただ事ではない。

 だが、新作と、それに伴うツアーをもって現メンバーでのスワンズは解体するという。この作品は「このメンバーでの最後の作品となる」と明確に意識しての一作なのだ。結成以来30年を超え、音楽的には今が最高の充実期と言っていい彼らに何が起きたのか? そして今後は? リーダーのマイケル・ジラに訊いた。(小野島大)

「自分は今、崖から飛び降りなければいけないと思っている」

――新作「The Glowing Man」に深い感銘を受けています。2時間半、長く重く深い映画を見終わったあとのような充実感がありました。できあがった今のご感想、手応えはいかがですか。

ジラ:疲れた。今の率直な気持ちは、何よりもまず寝たい。(笑)

――お疲れ様でした。今回もっとも驚かされたのは、今回のアルバムが現ラインナップ/現ヴァージョンでのスワンズの最後のアルバムとなる、というあなたの言葉です。これは具体的にどういうことをおっしゃっているのでしょう?

ジラ:これ以上バンドを続けるのはもう無理だ、と思った。他の5人のミュージシャンたちと仕事をするのは好きだし、彼らとともに私のスワンズのキャリアにおける最高の作品を作ることができたと思っている。ただ、ある時点まで行くと、他のメンバーの毛髪一本一本、肌の毛穴一つ一つ、目の虹彩の模様までわかってしまう。一年のうち二百何十日も毎日24時間一緒に過ごすわけだから。我々が共に挑むべき冒険はどれも既に探求してしまった。だから今は、友人である彼らと共に最後のツアーに出るのを楽しみしているが、その後は、やり方に変化を加えなければいけないと思っている。だからスワンズの活動は今後も継続するけれど、そのラインナップはケース・バイ・ケースでその都度変えていくつもりだ。その中には、これまで一緒にやってきたミュージシャンも当然含まれるだろう。ただ、固定メンバーで活動するバンドではなくなる、ということだ。私には荷が重すぎる。

――今後は作品ごとにバンド・メンバーを変えていく、ということでしょうか。

ジラ:そうだ。スワンズという名前で今後も作品を作るし、ツアーもする。ラインナップがその都度変化する、というだけだよ。

――荷が重すぎる、というのはどういうことでしょうか。

ジラ:他のメンバーもそれぞれ他のプロジェクトを抱えているし、それぞれの生活がある。この7年間、このバンドで活動していくことが、生活の中で大きな比重を占めていた。私だけではない、他のみんなも、よりフレキシブルな形のやり方を必要としていた。自分たち自身の生活を大切にするためにも。

――60歳を迎えたあなたの年齢や、体力的な部分なども関係してきますか?

ジラ:当然、あらゆるものが関係している。自分が吸って吐く息も、自分が下す決断に影響している。自分は今、崖から飛び降りなければいけない(それくらいの覚悟を持って前に進まないといけない)と思っている。だから、そうすることに決めた。

――いつくらいから考えていたことなのでしょうか。

ジラ:私の中では前回のツアーの終盤くらいから念頭にあった。そこから、新作アルバムの制作に入る頃には、全員これが「この固定メンバーでのスワンズとしては最後の作品」だという認識だった。

――つまり今作は「このメンバーでのスワンズの最後のアルバムとなる」という意識で制作に臨んだアルバム、ということになりますね。制作はふだんとは違う雰囲気や意識があったということですか。

ジラ:その判断が音楽に影響を与えたかどうかはわからない。アルバムの音楽は、それまで16カ月続いたライヴ・ツアーの中で発展していったものだからね。ライヴの中から生まれた曲がほとんどだ。「Cloud of Forgetting」や「Cloud of Unknowing」、「Frankie M.」「The Glowing Man」はすべて、ライヴの即興から生まれ、その後もさらにライヴで試演し、アレンジを繰り返し出来上がった曲だ。レコーディングで完成したものは最初の原型とはまったく違うものになった。それらは、常時、ライヴをやる過程で、発展し、変化を繰り返していったのだ。

――最後となるとわかっているメンバーともう一枚アルバムを作りたいと願ったのは、これまで残してきたアルバムではまだ足りないものを感じていた、ということもあったんでしょうか?

ジラ:前回のツアーでできた曲を、アルバムといういう形にすべきだという思いが当然みんなにあった。それにこの後のツアーも素晴らしいものにしたいという思いだってある。別に我々は喧嘩別れする10代のバンドみたいに、お互い顔も見たくない、というわけではない。もう少し一緒にこの音楽を奏でたいし、それよりも大事なのは、もうしばらくの間、音楽に我々自身身を委ねたい、ということだ(let it play us for a while longer)。

――今作を作るにあたっては、2010年以来最高の音楽を作ってきた仲間との集大成的なものを作ろうという意識か、それとも今までにない新しい領域に到達したかったのか。どっちの意識に近かったですか。

ジラ:……わからない。ただ言えることは、今の自分たちにできる最善を尽くしたということだけだ。私自身としては、自分は「完全に居心地の悪い」あるいは「少し怖いと思う」時にこそ自分の力を最大限に発揮できると思っている。

――「完全に居心地が悪い」というのは具体的にどう言う状況のことを指すのでしょうか。

ジラ:あえて自分を未知の支配下に置く、ということだよ。今でいうなら、この後のツアーが終わったら、果たしてこれらの曲をいったい誰が私とやってくれるのか、ということだったりする。この先、どうなるのか自分でもわからない。それでも「うまくいくはずだ」と思える自信、あるいは思い上がりや傲慢さが自分になければいけない。ただ、信頼できる誠実なものを作るためには、葛藤の場に自分の身を置くのはいいことだと私は信じている。

――今のラインナップでは「現状に甘んじている」「すべてが予測可能」と感じたから終わりにしようと決めたのですか。

ジラ:まだそうは感じていない。でも、このまま続けていたら確実にそうなっていただろうね。そうだと思ったらその時点でやめている。でもまだ(このラインナップで)探求できるものは残っていると思っている。次のツアーで発展させてみたい、新しい曲のアイディアも幾つかある。今のメンバーでね。少なくともライヴではやるつもりだ。果たしてそれがレコーディングされるかどうかは今はまだわからない。ただ、これまで通りの我々のやり方を貫くことが重要だと思った。つまり、観客の前で演奏しながら曲を構築していく、という。

――わかりました。それでは、今作を作る際に考えたことはなんでしょう。どんなアルバムにしたかったか。コンセプトなどはありましたか。

ジラ:私はジェントル・ジャイアントやイエスじゃないから、いわゆるコンセプト・アルバムを作るつもりもない。やりたかったことは、聞き手が音の世界にどっぷり浸れるよう、手元にある楽曲群をいかに美しくアレンジし、躍動感を持たせ、色彩豊かに仕上げるか、ということに尽きる。1986年以来ずっと私が掲げている唯一の野望だ。

――レコーディングで気をつけたことは?

ジラ:まずは非の打ちどころのない、オーセンティックなパフォーマンスからすべてが始まる。プロデューサーとして言うなら、そこが作品を作る上でまず大事な鍵になる。アレンジや曲の構成のアイディアなど、スタジオに入る前に書き留めておいた青写真のようなものもないわけではない。でも、一旦音楽的な作業が始まってしまうと、その場で聞いたものですべてが変わってしまう。だから結局は、自分の納得のいく形になるなるまで試行錯誤を繰り返すしかない。

――今回特に苦労した点は?

ジラ:自分の過剰なまでの音へのこだわりだね。曲によっては、トラック数が250にまで達したものもある(笑)。いや、もう、そこまで行くと、全体像を見ながら何を残して何を削るか決めるのは、はっきり言って悪夢だよ。まあ、自分で自分に課している悪夢なんだけどね。

――トラック数の制限がないコンピュータ・レコーディングならではの話ですね。ちなみにそのトラック数250の曲というのは?

ジラ:確か「The Glowing Man」だったと思う。とは言っても、同じパートを二度重ねているのも多い。例えばバイオリンのあるパートを2度演奏してもらって重ねるとか。音に厚みと奥行きを出すために。250もの異なる音が鳴っているというわけじゃない。それでも、十分多いけどね。「Finally, Peace」も実はトラック数が物凄く多かった。でも最終的には、ステレオに落とし込んで一つの塊として鳴らすことにした。その方がリアルだと思ってね。部屋の中でオーケストラの演奏を2本のマイクで録ったらこうなるんじゃないか、という発想を真似てみたんだ。

――なるほど。レコーディングはどんな雰囲気だったんです?

ジラ:これだけ長くやってきているわけだから、それなりにリラックスした雰囲気だ。当然、私は指揮をとっているわけだから、みんなに集中力を持続してもらわないといけないし、自分も集中力を切らさないようにしなければいけない。でも、もう、みんなお互いのことをよくわかっているし、何を期待されているのか、何を目指しているのか、だいたい把握できている。ただ、アルバムで演奏しているのは、バンドのメンバーだけじゃない。外部のスタジオ・ミュージシャンにもたくさん客演してもらっている。そこはなかなか大変だったね。私は彼らにやって欲しいことを音楽的に説明するのではなく、音(サウンド)の観点で説明するから。だからハミングで伝えたり、色に例えたり、雰囲気で各ミュージシャンに伝えなければいけない。それにはなかなか苦労することがある。

――特に印象深かった客演は?

ジラ:最近のレコーディングで個人的にもっとも気に入っているのは、大事な友人でもあるビル・リーフリンとの仕事だ。彼のことを私はスワンズの7人目のメンバーと呼んでいる。彼はすべての曲に参加してくれている。具体的にどうしたかというと、まず現状の曲を聴かせて、そこに彼が何の楽器を演奏するか決めるんだ。彼はどんな楽器も弾けてしまうからね。そして彼の素晴らしい演奏が加わることで、曲に個性と躍動感が生まれるんだ。彼とはいい仕事の関係が築けている。

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