青木優がカバーアルバム『ヒトトウタ』をレビュー
一青窈はなぜ、名曲「ハナミズキ」を初めてセルフカバーしたのか?
セルフカバーしたのが初めて、という事実が、なんだか意外だった。それだけ一青窈自身がこの「ハナミズキ」を何度も唄っていて、こちらはあらゆる場面で耳にしてきたからだろう。ライブでは毎回必ず歌われるし、『紅白歌合戦』のようなTV出演時にもたびたび披露されている。CM等のタイアップも何度もあったし、2010年にはこの曲を元にした同名の映画まで公開された(新垣結衣、生田斗真が出演)。カバーされることも頻繁で、これまでに徳永英明や森山良子が、最近ではMay J.や中森明菜が、あるいはSuper Junior-K.R.Y.やエリック・マーティンといった国外のアーティストも歌っているほどだ。そしてカラオケの定番曲であり、結婚式で歌われることも多い名バラードである。
「ハナミズキ」のオリジナルがリリースされたのは2004年だから、もう10年以上前のこと。一青にとって5枚目のシングルだったこの曲は、しかしリリースしてすぐに大ヒットを記録したわけではなく、どちらかというと長い期間チャートに残ることで少しずつ親しまれ、多くの人の心にしみ込んでいった。その結果、彼女の代表曲となったのだ。
「ハナミズキ」について重要なのは、一青がこの曲を書いた背景に、2001年の同時多発テロの際にニューヨークに住んでいた友人に対する思いがあることだ。その友の身の安全を一心に願った気持ちから歌詞のベースが生まれた。彼女の詞は基本的にどれも実体験から生まれていて、当時もすでにデビュー曲の「もらい泣き」で目の前の友人の揺れ動く感情に思いを寄せたり、2枚目のシングル「大家(ダージャー)」では亡くなった父親への気持ちを綴ったりしている。そんななか、<君と好きな人が百年続きますように>と歌う「ハナミズキ」は、友情から派生した願いが広がり、さらに普遍的な祈りへとつながっていく描写の鮮やかさによって、このアーティストの存在を世に知らしめたのだ。
それから数年経った頃、一青は「友達とか家族のことを思った歌を世の中の人々がそんなに求めているなんて思いませんでした」と、やや意外そうに語っていたことがある。たしかにJ-POP界で歌われるモチーフは恋愛や青春、夢や理想のようなものが多く、彼女の歌は明らかに毛色が違っていた。裏を返せば、真心や無償の愛情の大切さを心のどこかで感じている人が実は多かった、ということだと思う。一青は「ハナミズキ」でより幅広い年齢層のファンをつかんだ。と同時に、自身のバックグラウンドを歌うことが表現の主軸にしていった。
その「ハナミズキ」がこうして再び唄われることになった背景には、7月にリリースされるアルバム『ヒトトウタ』の存在がある。一青には3年前に『歌窈曲』という主に昭和歌謡を歌った作品があるので(「他人の関係」もこの時に一度歌われている)、今回はカバー作としては第2弾になる。そのアルバムはまだ制作中とのことだが、構成としては「ハナミズキ」の新バージョンを筆頭に置き、その後に9つのカバー曲、さらにボーナストラックとして同曲の英語と中国語のふたつのバージョンを収めることが発表されている。そして「ハナミズキ」に符合するように、ここでのカバー曲は「人の想いに纏わる名曲」というテーマで選曲されている。
その9曲はすべてが邦楽のポップ・ソングで、プリンセスプリンセスの「ジュリアン」、玉置浩二「ロマン」、小田和正「たしかなこと」、秦 基博の「アイ」、大瀧詠一「幸せな結末」、MISIA「Everything」など。セレクトの傾向としては、シンガー・ソングライターなどの自作自演アーティスト、それも男性シンガーの曲が多いことだろうか。また、去年のアルバム『私重奏』のリリース時にこのリアルサウンドでインタビューした際、彼女は岸谷香が書いた「パパママ」という曲に関して、プリンセスプリンセスの再結成から感じたものが大きかった話をしてくれたのだが、そのプリプリの曲が取り上げられているのも興味深い。