磯部涼×中矢俊一郎「時事オト通信」第4回(前編)
黒人音楽をめぐるポリティカル・コレクトネスの現在 “ステレオ・タイプな表現”をどう脱するか
磯部「韓国のラップが注目されているのは、社会的要因も大きい」
中矢:ラップ・ミュージックといえば、韓国のラッパーのKeith Apeが、JayAllday、Loota、Okasian、Kohhという日韓のラッパーをフィーチャーした「It G Ma」という曲が、今年の元旦にYouTubeにアップされて以降、アジアのラップ・ミュージックで初めてと言っていいような世界的なバズり方をしていますよね。ところが、Keith Apeが同曲でラップのスタイルの参考にしたと思しき、「U Guessed It」のヒットで知られるアメリカのラッパーのOG Macoが「It G Ma」をディスって、これもまたネットで議論が起こりました。
ただし、OG Macoは自分のスタイルをパクられたことを怒っているわけではなくて、「It G Ma」のMVが「黒人のステレオタイプだ」と批判している。「自分は、『U Guessed It』のビデオで、『It G Ma』のようにグリル(前歯にはめるアクセサリー)を付けたり、デカいジャケットを着たり、リーン・カップ(咳止めシロップに入っているコデインとアルコール等を混ぜた、パープル・ドリンクというドラッグを入れるカップ)を持ったりしていない」(https://twitter.com/OGMaco/status/563012341194035201、https://twitter.com/OGMaco/status/563013113516392449)と。OG Maco自身は、もともと、ハードコア・パンク・バンドでヴォーカルをやっていたようなステレオタイプにハマらないラッパーなので、彼のフォロワーであるKeith Apeがラップ・ミュージックのベタなアイテムばかりを身にまとっていたことに頭にきたんでしょうね。「黒人といえば、そういう格好してると思ってんだろう!」みたいな。
磯部:韓国のラップ・ミュージックは、ほんと勢いがあるよね。K-POPが日本の渋谷系やアイドルを参照したように、K-RAPもまた日本文化の流入制限が行われていた90年代にそれを乗り越えて日本語ラップをチェックしていたラッパーたちが下地をつくったわけだけど、今や「It G Ma」に代表されるように、世界的に見ると日本よりも韓国のラップ・ミュージックのほうが注目されている。昨年2月にシーンのトップのひとりであるDOK2(ドッキ)と一緒に来日したThe Quiettも、以下のようなエモい勝ち名乗りを上げていた。
「10年前、20歳で初めて東京へ来たとき、ヒップホップがブームになっているのを見て、羨望を超えて絶望を感じた」(https://twitter.com/TheQuiett/status/430638075752886274)
「昨晩、日本の有名なラッパーと話しているとき、“韓国のヒップホップ・シーンはどれくらい大きいのか?”と訊かれて、“音楽業界は日本のほうが大きい。でも、ヒップホップ業界は韓国のほうが大きい”と答えたのだけれど、それは、強がったわけではなくて、私のありのままの考えを言ったまでだった」(https://twitter.com/TheQuiett/status/430638241771827200)
「今、空港で座ってふと考えてみると、そう答えることが私の夢だった。まだ前にある道は長いけれど、これまでたくさんのことを成し遂げてきた」(https://twitter.com/TheQuiett/status/430638391990841344)
韓国のラップ・ミュージックが世界的に注目されている要因には、ラップやサウンドが徹底的にグローバライズされていることや、シーンの中で激しい競争が行われて新鮮なキャラクターが次々と生まれていることがあって、ただ、それは、韓国で日本以上にグローバリズムが推し進められたり、格差が広がったりしている状況の反映でもあるし、そのような社会と、ラップ・ミュージックの一側面の相性が良かったということでもあると思うんだよね。例えば、韓国から日本に留学して、日本でラッパーとして活動しているMOMENT(https://soundcloud.com/swagcat-joon/preview)は、僕のインタヴューで、韓国と日本という似ているようで相反する2つの社会に対しての複雑な思いを以下のように語っていた。
「韓国の激しさが嫌で外に出たものの、日本の緩さも“クソや”って思うところがあって。ヒップホップにしても、韓国は、ラップ・ミュージックを競争という側面からしか捉えなかったがために、奇形的なシーンになってしまった。皆、他人を負かすことばかり考えていて、全体を盛り上げようとしない。一方、日本はコミュニケーションを重視するあまり、馴れ合いが強くなってしまっているでしょう。だから、政治にしても、文化にしても、隣国なのに正反対。半分ずつ合わせたらいい国になるのに……っていつも思うんですけど」(『INDIES ISSUE』VOL.66、ビスケット、2013年より)。
OG Macoが「It G Ma」のMVを「黒人のステレオ・タイプだ」と批判したのも、その、韓国のラップ・ミュージックの徹底したグローバライズが故だと思うけど、正確に言うとあのビデオにリーン・カップは出てこなくて、みんなマッコリやカス・ビールといった韓国産のアルコールを手にして――つまり、“黒人のステレオタイプ”にローカライズ的なヒネリを加えているんだよね。また、「It G Ma」を“Cultural Appropriation (文化的盗用)”と腐した欧米のサイトもあったけど、アジアのポップ・カルチャーのエキゾチシズムを面白がる一方で、同じ土俵に上がってくると揶揄する側には、「アジア人がやることは所詮二流だ」みたいなステレオタイプな偏見はないのかと思ってしまう。もちろん、YouTubeには「It G Ma」を聴いてターン・アップ(最近のラップ・ミュージックでよく使われる用語で、盛り上がること)しまくっている欧米の若者の画像(https://www.youtube.com/watch?v=k4L22NiMrTQ)も上がっているから、ポスト・インターネット世代はまた違った感覚を持っているんだと期待したい。
それに、「It G Ma」がすごいのは、OG Macoの思惑をよそに、例えば、KOHHは同楽曲での好演を評価されて、本家「U Guessed It」のプロデューサーであるBrandon Thomasの新しいEP『Good Things Take Time Vol. 3』(http://www.hotnewhiphop.com/brandon-thomas-good-things-take-time-vol-3-new-mixtape.115727.html)にフィーチャーされたし、Keith Apeに至っては、アメリカの音楽フェス「サウス・バイ・サウスウエスト」に出演するために渡米した際、当のOG Macoと会ってわだかまりを解いたんだよね。その後、OG MacoはTwitterに、Keith Apeと並んで中指を立てている写真を上げて、「自分は人ではなくシステムと戦うべきだと理解した」とコメントした(https://twitter.com/OGMaco/status/579468587338891264)。これは感動的なツイートで、Keith ApeやKOHHはラッツ&スターのように「“黒人音楽”に対する一方的な愛」を表現しているわけではなく、ちゃんと相互作用を生んでいるし、誤解が生じたことに関してちゃんと対話をしている。ラップ・ミュージックは社会を映し出す鏡だから、グローバリズムの負の側面が表れることもあるけど、「It G Ma」騒動では、グローバリズムをデフォルトとして育った世代が、それを良い方向に活用したと言えるんじゃないかな。
中矢:「It G Ma(잊지마)」は「忘れるな」という意味だそうですけど、今後、ポップ・ミュージックにおけるPCをグローバルな視点から考える上で、まさに記憶にとどめるべき一曲かもしれませんね。
■磯部 涼(いそべ・りょう)
音楽ライター。78年生まれ。編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)がある。4月25日に九龍ジョーとの共著『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)を刊行。
■中矢俊一郎(なかや・しゅんいちろう)
1982年、名古屋生まれ。「スタジオ・ボイス」編集部を経て、現在はフリーの編集者/ライターとして「TRANSIT」「サイゾー」などの媒体で暗躍。音楽のみならず、ポップ・カルチャー、ユース・カルチャー全般を取材対象としています。編著『HOSONO百景』(細野晴臣著/河出書房新社)が発売中。余談ですが、ミツメというバンドに実弟がいます。