「初音ミクを介してローティーンにBUMPの歌が届いた」柴那典+さやわかが語るボカロシーンの現在

「10代の女の子の最近好きな音楽が『AKB48、EXILE、初音ミク』」(さやわか)

柴:最近『クイック・ジャパン』で取材したんですけれど、今、ボーカロイドシーンには新しい状況が生まれつつあるんですね。それは何かというと、郊外カルチャー、ロードサイドカルチャーと結びつき始めているということ。『WonderGOO』という郊外型のCDショップの方に聞いたところ、ボカロCDが売れてきているらしいんですよ。でも、ボカロは一番強い商品ではないという。じゃあJ-POPかと訊いたらそうでもない。なんですかって訊いたら、ヒップホップとレゲエだっていう。郊外は車文化が根付いているから、車の中でガンガンにかけるためにCDを買うらしいんです。

さやわか:え、そこ!? そこと競っているんですか!?

柴:そう、そこに去年出た『VOCA NICO☆Party~Nonstop Mix~』っていうボカロのミックスCDが入ってきていて、クラブミュージック化されたボカロ曲が、車の中でアゲアゲになるために聴かれているそうです。

さやわか:それは客層が違うんじゃないですか?

柴:違うと思っていたら、どうやらそうではないらしいんですよ。「だって痛車とかあるでしょ」って言われました。

さやわか:あー、なるほどね!

柴:地方はヤンキーもオタクも消費が車にいく、ということかと。そこにおいて音楽消費のひとつのバリエーションがある。ヒップホップが廃れるわけでもないし、ヤンキー的な音楽はやっぱり聴かれているんだけど、どっちかっていうとそういうものを苦手だと思う人たちの選択肢としてボカロ曲が定着してきた。それが僕が話を訊いた中で一番新しい事象ですね。

さやわか:初音ミクの最新シーンはそこなんだ。いや、でもそれなら僕もすごく納得できるところがある。僕は昔、忘れもしない2004年に、あるライターさんに「オタクとヤンキーは近いのではないか、むしろ同じと言っていいのではないか」って話をしたんですよ。そしたら、そのライターさんには「そんなのありえないです」って言われたんですよね。最近もオタク論が低調になってきて、ヤンキー論みたいなものがわーっと注目を浴びたりする。だけど僕は、日本の社会はそんなバランスが揺れ動いているわけではないのではないか、だいたい同じようなことが、違う形で表出しているだけではないかと思うんですよね。

柴:これには持論があって。興味の対象物じゃなくて、自意識のあり方でわけるとすっきりすると思うんです。ヤンキー的なものとサブカル的なものを僕なりに定義すると、「あいつら」っていう言葉を聞いたときにパッと「仲間」が思い浮かぶ人がヤンキー、そして「あいつら」と聞いて真っ先に「敵」が思い浮かぶ人がサブカル。

さやわか:なるほど、つまり見た目がオタクであっても「あいつら」って聞いたときに仲間のことだと思ったらヤンキーだということですか?

柴:マイルドヤンキーという言葉もありますし、ヤンキーというのは、いわゆる日本のマジョリティ層なんですよね。だから、メガヒットコンテンツは、すべて「あいつら=仲間」。『ONE PIECE』のルフィが「あいつら」と言ったら、麦わらの一味のことをイメージする。SMAPの中居正広が「あいつら」と言ったら、それは5人のメンバーのことを指している。AKB48の高橋みなみだってそう。「あいつら」と聞いて「仲間」が真っ先に思い浮かぶのが、ヤンキー、つまりマジョリティの感覚だと思うんです。

さやわか:そうなのかなあ。初音ミクも本当にオーバーグラウンド化というかメジャー化したら、そういう風になる可能性はあるということですね。

柴:今はそれが起こっている最中なんだと思います。ボーカロイドもニコニコ動画も、キャズムを越えて、マジョリティのカルチャーになりつつあるんじゃないかと思います。

さやわか:初期はそうではなかった、「あいつらとは違う俺たち」の文化だっていう風に楽しんでいた人がいたはずですよね。だけどそれが、そうではなくなっていくかもしれないわけですね。初期の初音ミクファンは「黎明期のあれこそが俺たちにとっての初音ミクだった」って思うかもしれないけど、しかし最近聴き始めた人にとっては、これからまさに初音ミクが始まるっていうふうに考えることもできると思う。この本はそれをちゃんと指摘していますね。変わってしまった初音ミクの姿を受け入れて、どれが正解とは言わず並べて見せるからこそ、初音ミクという名の下にすべてをひとつの歴史に置いて語ることができる。つまりブームというものは必ず終わるし、ある存在の見られ方というのは、時代によって移り変わっていかざるを得ないんですよね。しかしロックは死んだと言われてもロックがなくならないように、過去の人に理解不能のものとしてすら生き残るからこそ、文化として定着するんだと思います。そういう意味だと、今まさにそういう変化を迎えている初音ミクも、なんだかずっと残っていくような気がしてきました。
(取材・文=松田広宣)

■さやわか
ライター、物語評論家。『クイック・ジャパン』『ユリイカ』などで執筆。『朝日新聞』『ゲームラボ』などで連載中。単著に『僕たちのゲーム史』『AKB商法とは何だったのか』がある。Twitter

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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