柴那典×さやわか 『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』刊行記念対談(後編)
「初音ミクを介してローティーンにBUMPの歌が届いた」柴那典+さやわかが語るボカロシーンの現在
「それでも『人格のある楽器』を目指していく?」(さやわか)
柴:まさにギターと同じだと思うんです。そういう意味では「ボカロ」というジャンルが消滅していくんじゃないか、と思います。今まで「ボカロ」はジャンルとして捉えられていました。それって、60年代にベンチャーズとかが「エレキ」っていうジャンルで呼ばれていたのと同じなんじゃないかと思うんです。あのときは電気を使った音楽が珍しかったので、「エレキ」っていう括りがあった。で、今のボカロでおんなじことが起こっている。だから40年後の人にしたら、今のボカロというジャンル分けはナンセンスに映るんじゃないかと。
さやわか:あれですね、将来は小学生とかが「○○ちゃんがボカロ持っているから私も買って」みたいな感じになりますかね。40年後くらいには。どうなっていると思いますか?
柴:さらに言えば、もしかしたら子どもたちにとって、小説やイラストを書くこと、動画を作ること、作曲をするっていうことはすでにシームレスになっている可能性さえある。たぶん、ボカロが目指しているのはそこだと思います。ちなみに、今すごく売れているのが僕の本と同じく4月3日発売にされた『大人の科学マガジン』の付録で、「歌うキーボード ポケット・ミク」という楽器で。
さやわか:これ、歌詞入力もできるんですよね。
柴:USBでパソコンにつないで、ブラウザで歌詞を入力できるんです。そして、タッチペン式の鍵盤でそれを歌わせられる。自分が入力した歌詞を、ソフトウェアを使わないでもリアルタイムに歌わせられる。つまり、初音ミクがコンピューターと切り離されたっていうことなんですよね。言い換えれば、より楽器らしくなった。ニコニコ動画を観たことがない人、ネット文化に疎い40〜50代の人でも、初音ミクが「しゃべるシンセ」だってことがこれで伝わる。
さやわか:たしかに『大人の科学』を買うのは一番下でも団塊ジュニア世代くらいの世代だと思うんだけど、だからこそ彼らには、初音ミクみたいなキャラクターが前に出ているモノよりも、こういう電子ブロック的な無骨なモノで体験できた方が話がわかりやすそう。
柴:ボーカロイド文化が新しいフェーズに達するデバイスの、ひとつの可能性だと思います。
さやわか:うーん、しかし最終的にクリプトンが目指していくのはそれでも「人格のある楽器」っていうことなんですよね? クリプトンがどこまでキャラクター性を重視しているのかというのが、僕には読み切れないところがあるんですよね。たとえばファミリーマートとかのコラボあるじゃないですか。あれとこのポケット・ミクは別物なのか、それとも最終的に統合して考えたいのかっていうのが、ちょっとわからない。
柴:伊藤社長が言っていたのは、企業とのコラボも、全て何らかの形でクリエイターにとってのアウトプットになればいい、という発想なんですよね。クリエイターのためになることだったらいい、という。
さやわか:なるほど、それでいうとさっきのファミリーマートの件も、ちゃんとクリエイターのアウトプットとしてのゴールを目指している。つまり、いわゆる有名絵師みたいなミクの二次創作をしている人たちが、ちゃんと表に出て行けるような環境を作っているわけですよね。