「クラブと風営法」問題の現状と課題とは 音楽ライター磯部涼が弁護士に訊く
齋藤貴弘弁護士事務所は、六本木のクラブ通りとして知られる大通りにある。「僕は、クラブと風営法に関する議論はどんどんオープンにしていったほうがいいと思っています」。そう話す齋藤弁護士の専門は、実は風営法ではない。76年生まれで、もともと音楽好きだった彼は、インターネットにおける新しい著作権ルールの普及を目指す非営利団体「クリエイティブ・コモンズ・ジャパン」のスタッフでもあり、本業でも知財問題の裁判にかかわることが多いという。それでも、仕事終わりに小箱で音楽を聴きながらグラスを傾けることが日課だった彼は、前述したアメリカ村の一斉摘発にあたってクラブ・カルチャー誌『FLOOR net』(現在は休刊)が風営法とクラブの問題の現状を特集した際、「クラブ業界のためになるのであれば」とインタビューに応じた。
しかし、当時の業界では公の場で風営法とクラブの関係について触れることはタブーとされていた。たとえ摘発が相次いだとしても、黙って嵐が過ぎるのを待ったほうが懸命だと考える事業者が多かったのだ。齋藤弁護士の記事も、真摯な内容であったにも関わらず、業界内では賛否両論を呼び起こす。ところが、嵐は過ぎ去るどころか勢いを増していった。そして、気がつけば、業界も、そして齋藤弁護士も、その渦の中に巻き込まれていたのだった。
「一時期は、事業者の方たちに迷惑をかけてはいけないと考え、クローズドなやり方で法改正への働きかけを進めていました。でも、今はダンス議連が法案提出を準備している段階です。ここで、きちんとオープンな議論をしておかないと、業界やユーザー、地元商店街などの意見が反映されない形で改正が決まってしまいそうで、怖いんですよ」
齋藤弁護士はそのように語るが、ということは、やはり、法改正は間近と見ていいのだろうか?
「ダンス議連が発表した中間提言は、“議連として議論を重ねていく中で、ダンスというものは今の日本にとって様々な点から重要だという認識に至った。だから、風営法は改正する必要があると考える”というようなことを、風営法を所管する警察庁に宛てて提言したものでした。それで、警察庁が、“わかりました。我々も改正に向けて動きます”というふうになれば、彼らが閣法という形で改正案をつくって、法案提出をするという流れになります。しかし、警察庁はクローズドのヒアリングで、“クラブ業界なんていうものは、ドラッグや暴力、騒音問題などのトラブルを起こしているんだから、改正するべきではない”というようなことを述べています。要するに、ダンス議連と警察庁の見解が対立しているという状況であって、今後、速やかに改正がなされるとは言い難い。ただ、議連は、自分たちの手によって、議員立法という形で法案提出をする方針で、非常に強気です」
ダンス議連は超党派とは言え、中心になっているのは会長の小坂憲次や事務局長の秋元司といった自民党議員だ。彼らが強気なのは、中間提言に例の“成長戦略”や“オリンピック”という単語が見られるように、風営法改正を、とりあえずは好評なアベノミクスの一環と考えているからだろう。
「確かに、ダンス議連は安倍政権による規制緩和路線や東京の再開発と連動しているとは思います。例えば、今、虎ノ門ヒルズの周りに、どんどん、立派な建物ができているものの、建物の中身を担うコンテンツが不足している。レストランやカフェ、バーなどの飲食店、ホテルや各種商業施設、ギャラリーやイベントホールなど、街のあらゆるところで、欧米のように気軽に音楽が楽しめる場所をつくりたいと考えるデベロッパーも多い。ただそれには、風営法がネックとなるんですね。あるいは、2020年の東京オリンピックが決まったからには、外国から来た人たちが安全に遊べる場所をつくらなくてはいけない、ということに対する、行政のプレッシャーも結構すごいものだと思うんです。“外国人観光客が行ったクラブが全部違法でした”みたいなことになったら、赤っ恥をかくことになるわけですし。彼らとしては、2016年にリオ・オリンピックがあって、閉会後、東京に注目が集まる頃までには、ある程度、街を整備しておきたいようです」
しかし、齋藤弁護士は、風営法改正路線の背景にあるのは、経済効果への期待や、オリンピック開催国としてのプレッシャーだけではないとも語る。