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石井隆監督×成田尚哉Pが語る、『天使のはらわた』誕生秘話 石井「男女の関係性が逆転する話を志していた」

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 1971年、日活倒産の危機を救うべく立ち上げられた「日活ロマンポルノ」。10分に一回の濡れ場を作る、上映時間70分程度といった一定のルールさえ守れば、比較的自由に作品を作れたことから、多くの若手監督・スタッフたちが新しい表現に挑戦した。

 助監督経験者が監督に、といった既存の撮影所システムがある中で、異例の抜擢で監督になったのが石井隆だ。劇画家として1970年にデビューをしたのち、『天使のはらわた』シリーズが大ヒット。「土屋名美」という名の女性と、「村木哲郎」という名の男が物語の核となる一連のシリーズは、彼らの素性や職業の設定が作品ごとに変化しながら、運命を狂わされてしまう男の悲哀と女の強さを描いている。

 『天使のはらわた』シリーズは、1978年の『女高生 天使のはらわた』を皮切りに5作品がロマンポルノ枠内で映画化された。石井隆は、シリーズ2作目1979年の『天使のはらわた 赤い教室』から脚本を務め、1988年の『天使のはらわた 赤い眩暈』で監督デビューを果たす。

 この度、リアルサウンド映画部では、Blu-ray特典のコメンタリー収録後の石井隆監督・成田尚哉プロデューサーにインタビューを行った。この夏、初Blu-ray化される『赤い眩暈』の魅力、当時の製作背景について、たっぷりと語ってもらった。

石井隆にしか描けない男と女の物語

20170428-tenshinoharawata.jpg『天使のはらわた 赤い眩暈』撮影時のオフショット

――今では“監督”として認識されている方がほとんどだと思いますが、石井監督は“劇画家”としてキャリアをスタートさせています。その経緯を改めてお話いただけますか。

石井隆(以下、石井):高校時代に読んだ『映画芸術』に大監督たちと互角に論争している学生たちがいて、それが早稲田の映研の連中だった。早稲田の映研に入れば映画に近づけるかもと、ただそのためだけに受験して。で、在学中、邦画が斜陽で潰れかけた大映と日活が共同配給したダイニチ映配の現場にアルバイトで潜り込んだものの、日活撮影所のスタジオの床が剥き出しの土の頃で、埃が凄くて持病の喘息で倒れてしまった上に、騒乱の時代でいろんな事が重なって監督の道を断念せざるを得なかった。その後、学生結婚をしましたので自立しなくてはならず、ヌードグラビアの撮影をしたり、広告論をやってたんでCFのコンテを描いたり、コピーを書いたり……。で、実話雑誌の雑文書きのアルバイトをしていた時に、病気で休んだ劇画家の穴埋めで描けと言われて描いた8ページの劇画に他誌から注文が舞い込んで、いつの間にか劇画家に。でも親分無しの子分無しですから、どう描き続けていいか分からない。それならと、ガキの頃から巨万と見て来た “女と男の映画”を夢想しながら描くうちに、名美と村木というキャラクターが生まれ、それに東映と成田さんからオファーが来たんです。成田さんがあまりにも熱心だったので、二度と足を踏み入れることはないと大きな挫折感で去った日活の門を原作者/脚本家として再び潜ることができました。感謝しています。

――成田さんがコメンタリー収録の際にお話されていましたが、初の脚本作『天使のはらわた 赤い教室』(1979年、監督:曽根中生)のプロットを依頼したら修正の必要のない“脚本”があがってきたそうで。

成田尚哉(以下、成田):わら半紙に台詞や人物の状況などが書き込まれたものが石井さんから上がってきました。もちろん、物語は漫劇画として書いている方なので、内容の面ではそんなに心配はしていなかったのですが、修正の必要が一切ないものがあがってきたことにびっくりで。原稿用紙のマス目を何字開けるとか、いわゆる形式的な脚本の形ではありませんでしたが、最初から映画のシナリオとして完成していました。

石井:学生の頃から『キネマ旬報』や『映画芸術』に掲載されていたシナリオを読んでいたのが大きかった。劇画を描くときも、わら半紙の下半分にト書きとセリフ(ネーム)を書いて、上に絵コンテを描いてから画用紙に描いていました。

成田:劇画家時代も映画の脚本を書き続けていたのと同じですよね。だから、最初からできあがるべき映画が見えていました。

20170428-tenshinoharawata-ishii.jpg石井隆監督

――そもそもロマンポルノを石井監督はどのように捉えていたのですか。

石井:実は成田君から声がかかるまで、ロマンポルノは見たことがなかった。日活がロマンポルノに路線変更するとなったときに、そこに偏見を持つ多くの人が辞めていったと聞き、それが自分の描いている劇画と重なったものですから、プライドとしてロマンポルノは見ないぞと決めていました。でも実際には堂々と傑作を撮られた監督たちが何人もいたわけですから、僕の「見ない」は後から考えれば間違ってましたね。担当編集者が映画好きな人で、日活の試写にもよく足を運んでいたのですが、「石井さんが描いたシーンと酷似している描写がよくあるんだよね」って。後日、僕の劇画を読んでくれていた成田君の仕業だと分かりました(笑)。

成田:シナリオライターとの打ち合わせのときに、こういうシーンはどうですかと石井さんの劇画を参考として見せたことがあった気はします。石井さんの劇画は、描写が非常に秀逸で思わず興奮してしまうものでしたから。

石井:本当? 男性読者諸君は、“ティッシュ”を用意して読み始めるんだけど、最後は涙を拭くために使うと評判でしたけど(笑)。

成田:石井さんの劇画は、男がだらしなく情けない一方で、女のひたむきなさ強さを描いている。男にとって決して気持ちのいい劇画ではなかったかもしれないですけど、石井さんにしか描けない画の魅力と物語がありました。

石井:AVをはじめとしたポルノ作品の多くは、男性優位で、女性がそれに隷属するようなものが多い。過剰な女性崇拝者ではありませんがそういった男尊女卑の図式が嫌いだったので、強い女性の在り方、男女の関係性が逆転するような話を実感として志していました。それはロマンポルノで脚本を書かせてもらえるようになってからも、変わっていません。

      

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