>  > 小野寺系の『ローグ・ワン』評

名も無き英雄たちは何を訴えかける? 『ローグ・ワン』 に引き継がれた「スター・ウォーズ」の魂

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 映画史のみならず、世界のポップカルチャーに大きな影響を与えたシリーズの原点『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』。ディズニーが制作する新たな「スター・ウォーズ」シリーズの二作目『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』は、その前日譚となるスピンオフ作品である。「ローグ・ワン」を一言で表現するなら、「魂の映画」となるだろうか。いままでにないアツさを感じる、新しい印象の「スター・ウォーズ」である。ここでは、その本編に刻み込まれ胸を熱くさせる「魂」の正体を追求していきたい。

「スター・ウォーズ」の原点に立ち返るスピンオフ企画

 「新たなる希望」は、銀河を征服しようとする帝国軍が開発した、星を滅ぼす力を持つ究極破壊兵器「デス・スター」を巡り、反乱軍と帝国軍が熾烈な戦いを繰り広げるという内容だった。反乱軍唯一の希望となるのは、「デス・スター」の弱点が記録された設計図のデータである。本作の登場人物たちは、そのデータを命がけで盗み出した、歴史に名を残すことのない英雄たちである。彼らは特別な力「フォース」を持たずに、命がけで絶望的な戦いに挑んでいく。

 このスピンオフのアイディアを思いついたのは、ルーカスフィルム作品をはじめ多くの映画の特殊効果を行ってきたI.L.M.で視覚効果スタッフを務めていたジョン・ノールだ。彼の前日譚企画はスタッフの間で評判となり、ルーカスフィルムのトップに認められるまでに至ったとされる。大規模な映画には、大勢のスタッフが必要となる。「スター・ウォーズ」シリーズの成功は、裏方たちの献身的な努力あってこそだ。I.L.M.でこの企画が支持されたのは、まさに彼らが主人公となる物語だったからかもしれない。

 さらに、世間のはみ出し者たちが協力し、一つの信念のもと死闘を繰り広げるという要素は、「スター・ウォーズ」の生みの親であるジョージ・ルーカスが学生時代に観て熱狂したという、黒澤明監督の『七人の侍』と重なっている。それは、黒澤映画のオマージュに溢れる「スター・ウォーズ」の原点に連なる作品としてふさわしい。

「スター・ウォーズ」に新風を吹き込むギャレス・エドワーズ

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 本作に抜擢されたのは、『モンスターズ/地球外生命体』で「最もリアルな」怪獣映画を作り上げたギャレス・エドワーズ監督だった。フォースを操るヒーローが不在という、比較的地味といえる脚本にフィットし、戦闘に「リアリティ」を持ち込むのに、その手腕が適任だと判断されたのだろう。

 ウルトラパナビジョン70のレンズを使用し、大スケールで戦争を描く試みをはじめ、旧三部作や「エピソード7」とも異なる、核攻撃のようなデス・スターによる惑星破壊の描写は、いままでにないほど生々しく、実際の戦争の記録を想起させるものだ。過去に広島の原爆投下のCG映像を作り、『GODZILLA ゴジラ』でも、アメリカ映画の中で「ヒロシマ」の記憶を暗示させるなど、社会への問題意識と、視覚効果を利用したエンターテインメントという二つを組み合わせユニークな作品を手がけてきたエドワーズの個性が光っている。

 だが本作は、じつはいったん撮影が終了した後に、かなり多くのシーンが再撮影された事実が伝わっている。現時点では、その具体的な改変部分は明らかになっていないが、報道や監督のインタビューから類推する限り、それは主にスペクタクルや娯楽表現の部分においてだと考えられる。

 ロサンゼルス・タイムズのインタビューによると、エドワーズ監督は具体的な絵コンテなどを決めずに、本当にドキュメンタリーの手法を使って膨大な時間をかけ、兵士たちが戦闘をする映像を撮りだめたという。ここまで大規模な娯楽映画では、ほぼ類を見ない挑戦的試みである。これは、当初の企画としては、ある意味「注文通り」の仕事なのだろうが、それら断片的なカットを編集で繋げて、高いクォリティを保った作品に仕上げるには、あまりにも時間が足りなかったらしい。公開時期が迫るなか、演出面で脚本家のトニー・ギルロイの力も借りて、必要なカットの再撮影を敢行したことを告白している。

 本作の評価は、ファンの間でも上々である。それはやはり、再撮影後の娯楽表現の部分が功を奏しているからだと想像できる。そのままエドワーズ監督の個性を押し通せば、賛否分かれる問題作となっていた可能性が高い。しかし、これを持ってギャレス・エドワーズを監督に選んで失敗だったかというと、そうではないように思われる。彼が本作を監督をしていなければ、少なくともいまのかたちに「ローグ・ワン」が完成することはなかった。そして、現実社会との繋がりを感じさせるエドワーズ監督の持ち味や意向は、しっかりと本編に生きていると感じるのである。

     
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