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スピルバーグが『BFG』で甦らせたテーマとは? 「夢」を通じて描く、創作者へのエール

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 世界中で多くの子供たちに親しまれ続けている、児童文学界の圧倒的ベストセラー作家、ロアルド・ダール。無理解な大人たちに反逆する天才少女の活躍を描いた『マチルダ』、不思議な工場を舞台にした冒険譚『チャーリーとチョコレート工場』、キツネの一家が生きるため奮闘する『ファンタスティック・Mr.FOX』などなど、彼の作品は数多くの子供のための映画の原作にもなっている。

 彼の作品の人気の秘訣は、大人が子供に「こうあって欲しい」という理想を描くのでなく、まず何より子供を喜ばせることに主眼が置かれているところだ。大人のための作家だったロアルド・ダールが児童文学を書き始めたきっかけは、自身の子供が寝る前に聞かせていた自作の物語にあるという。目の前の子供が退屈しないようにするためには、子供が興味を持つようなナンセンスなアイディアを次から次に生み出していかなければならない。こうやって彼は、奇想天外で楽しい物語を作る作家として鍛えられたのだ。

 真夜中のロンドンの路上にひそんでいた巨人を目撃したことで、孤児院から連れ去られてしまった少女ソフィーと、人々の「夢」をつかまえて混ぜ合わせ、眠っている子供たちに幸せな夢をラッパで「吹き込んで」いく心優しい巨人との交流を描いた「オ・ヤサシ巨人BFG」も、そんな奇想天外な児童文学のひとつだ。本作『BFG: ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』は、スティーヴン・スピルバーグが監督するディズニー映画ということで、ロアルド・ダール作品を原作とする映画のなかでもとくに話題を集めている。

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 映画監督はセンスの良さを取りざたされることが多いが、突飛な物語を、より実際的な「映画」というかたちにするために必要なのは、原作で描写されていない「間」を埋める想像力や創造力だ。本作を手掛けるのは、まさにスピルバーグのような、具体的なアイディアやユーモアに富んだ娯楽表現を追求してきた作家こそがふさわしいはずである。原作でも印象的な「おばけきゅうり」の本作でのねばねば、どろどろ、ぐちょぐちょした素晴らしい描写を見てほしい。

 スピルバーグ監督の前作『ブリッジ・オブ・スパイ』で気骨あるソ連のスパイを見事に演じ、アカデミー賞助演男優賞を獲得したマーク・ライランスが演じる、優しい巨人が子供に提供する「夢」は、例えば「アメリカ大統領から電話がかかってくる」ように、およそ子供らしくない大人びたものである。この子供がそのような夢を欲する背景には、「いつも威張り散らしている父親に一泡吹かせたい」という欲望があったからだ。スピルバーグ監督作『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』がそうであるように、ここでは大人と子供の考え方に明確な違いが設定されているわけではない。日本で「名探偵コナン」が何故あれほど大ヒットするのかというと、理屈を盾にした大人から与えられる日々のフラストレーションに対し、「小さな子供(の姿の少年)が大人を理屈でやり込める」という構図のカタルシスが存在するからであろう。本作はロアルド・ダールの精神を引き継ぎ、そのような子供の欲望にも、目を背けず向き合う姿勢があるのだ。

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 長年、そのような夢を多くの瓶に採集し続けている巨人は、ソフィーの夢は「特別」だと語る。友達も気の許せる相手もいなかった孤独な彼女は、孤児院のみんなが寝静まっている時間帯に起き出し、本を読み、孤児院の窓からいつもうらびれた路上を眺めていた。

「ああ、この路地に大きな巨人がやってこないかな。ひとりぼっちのわたしを、『誰も決して行かず一度も耳にしたことがない場所』へ連れ出してくれないかな」

 彼女は、そんな妄想をひとりでいつまでも楽しんでいられる風変わりな子供なのだ。そして、自分と同じように、自分だけの大事な世界を持っている「ほんとうの友達」に出会いたいと願っている。本作で彼女を未知の世界へ連れていく「巨人」とは、まさに彼女の欲求そのものなのである。そして同時に、仲間から自分の価値観を分かってもらえずに迫害される巨人の姿は、彼女自身の投影でもある。

      

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