細野晴臣が表現した“知っているはずなのに知らない音楽”の奥深さ  『Vu Jà Dé』東京公演レポート

細野晴臣『Vu Jà Dé』東京公演レポ

 約4年半ぶりのニューアルバム『Vu Jà Dé』のリリースに伴う全国ツアー『細野晴臣 アルバムリリース記念ツアー』の東京公演(11月15日/中野サンプラザ)。岩手県公会堂 大ホール公演に続くツアー2本目となるこの日、細野は“知っているはずなのに、知らない”をテーマにしたアルバム『Vu Jà Dé』の楽曲をたっぷりと披露。ブギウギ、ジャズ、カントリー、ラテンなど20世紀の音楽を現代に蘇らせる素晴らしいライブを見せてくれた。

 最初に登場したのはナイツ。塙宣之が『オー!マイ神様!!』(TBS系)で細野晴臣へのリスペクトを語るなど、以前から細野と交流がある彼ら。「今日は私の尊敬する細野さんのことを調べてきたんです。インターネットの“ヤホー”で」と、細野のキャリアを題材にした漫才を披露。「1969年にバンド“ほっぴいえんど”を結成し……」「“はっぴいえんど”ね。ホッピー飲み切ったみたいになってるから」「日本酒ロックの礎を築きました」「日本語! 日本酒ロック、飲みづらいわ」といったネタで爆笑と拍手が巻き起こった。

 続いては清水ミチコと弟の清水イチロウ。今年7月に行われた細野の浅草公会堂公演にも出演した2人は、矢野顕子、細野晴臣のモノマネで「相合傘」(はっぴいえんど)をデュエット。上手さとおもしろさが共存するパフォーマンスで観客を魅了した。

 そして、ついに細野晴臣のライブがスタート。バンドメンバーの高田漣(Gt)、伊賀航(Ba)、伊藤大地(Dr)がキューバ出身の作曲家アルモンド・オレフィチェのペンによる「La Conga Blicoti」を演奏するなか、細野は客席前方の扉から登場し、コミカルなステップを踏みながらステージに上がり、軽やかさと奥深さを兼ね備えたボーカルを響かせる。ラテン風味のリズムに絡む日本語の歌詞、口笛のメロディも絶品だ。

「いやあ、おもしろかったな、ナイツさん、清水姉弟。まあ、あれがメインですから。ここからは気楽な余興なんで。こっちを見ないでもいいです」という挨拶を挟み、細野は1939年にブラジル出身のサンバ歌手カルメン・ミランダの歌唱でヒットした「South American Way」をカバー。続いてコシミハル(Key)を呼び込み「次は古い映画ソング。主演のシルヴァーナ・マンガーノの歌が素晴らしくて」という「El Negro Zumbon(Anna)」(1951年の映画『アンナ』主題歌)。20世紀中頃のヨーロッパ音楽とブラジル生まれのバイヨンのリズムが結びついたこの曲の演奏は、ラテン音楽に興味が向いているという細野の現在のモードにもつながっている。原曲の背景と音楽的な成り立ちを深く理解し、活き活きとしたグルーヴを描き出すバンドの演奏も最高だ。

 さらに「では、梅沢富美男の『夢芝居』……違うか(笑)」というMCとともに演奏された「北京ダック」(アルバム『トロピカル・ダンディー』収録)、細野のふくよかな歌声が広がった映画『ロマナ』(1928年)の楽曲「Ramona」、1940年代のジャズ・コンボの雰囲気を感じさせるアンサンブルとスキャットを交えたボーカルが印象的だった「Tutti Frutti」を披露した後、野村卓史(Key/グッドラックヘイワ)を呼び込んで「Back Bay Shuffle」へ。ジャズとシャッフルを融合させたリズムのうえで〈イカしたリズムで今日もご機嫌〉という日本語の歌詞が響き、楽しそうに体を揺らす観客の姿も。さらにロックンロールとアメリカ南部の土着的な音楽が融合したスワンプロックの原型とも言える「Suzie Q」、そして、1939年の伝説的な女性シンガー、シェルビー・フリントのヒット曲「Angel On My Shoulder」も。原曲は爽やかな春風のような歌声なのだが、70才になった細野の渋味の効いたボーカルによって、この曲の奥深い魅力が引き出されていた。

 今回のツアーでは、バンドメンバーの楽曲も演奏された。高田漣は新作『ナイトライダーズ・ブルース』に収録されたウエスタンスウィングの名曲「Take It Away, Leon」を演奏。“ルーツミュージックを再現し、古くて新しい音楽へ導く”というスタンスには、細野からの影響が色濃く反映されていた。そして、野村卓史、伊藤大地によるユニット“グッドラックヘイワ”の「風見鶏」では強靭かつしなやかなグルーヴが炸裂。ブギウギ、ロカビリー、ラテンなどを志向する現在の細野晴臣の音楽を支えるミュージシャンたちの実力を改めて体感することができた。

 この後は『Vu Jà Dé』のDisc-2『ESSAY』に収録されたオリジナル曲のセクションへ。

 まずは新曲「洲崎パラダイス」。日活映画『洲崎パラダイス赤信号』(1956年)にインスパイアされたこの曲は、憂いを感じさせるメロディ、不安な感情を呼び起こすルンバのメロディを軸にしたナンバー。今は存在しない東京の風景をモチーフにした歌詞を含め、アルバム『Vu Jà Dé』のコンセプトを端的に示す楽曲といえるだろう。続く「寝ても覚めてもブギウギ」は、2014年に石川さゆりに提供された楽曲のセルフカバー。日本の民謡的なフレーズも織り交ぜたアレンジ、“悲しみを乗り越えた明るさ”がじんわりと伝わる歌声も印象的だった。この日のステージでも「オリジナル曲は鏡で自分の顔を見てるようでイヤなんですよ」などと語っていた細野だが、ブギウギ、ラテンなどに歌謡のエッセンスを交えたこれらの楽曲は、日本の大衆音楽を更新するようなクオリティを備えていると思う。

 また、今年10月に逝去した遠藤賢司の「寝図美よこれが太平洋だ」のカバーも。「先日、エンケンがあっち側にいっちゃいまして。親しみ深かったミュージシャンがいなくなると寂しいですね。何年か前、エンケンの猫を預かることになって。その名前が“寝図美”っていうんですけど、そのかわいさがすごく描写されている曲を」という言葉に導かれたこの曲からは、遠藤賢司に対する深い思いが伝わってきた。

 ここでブギウギ・ピアノの名手、斎藤圭土(レ・フレール)が登場。「ここから後半戦ですね。そろそろ倒れちゃうから」とブギウギのナンバーを次々と演奏する。1940年代のブギウギを代表する名曲「Ain't Nobody Here But Us ’hickens」(演奏前に「トリのマネできる?」とニワトリが歩くマネを披露する細野さん。お茶目すぎる)、細野のアルバム『泰安洋行』に収録された「Pom Pom 蒸気」、アルバム『Heavenly Music』でカバーしたロックンロール・ナンバー「The House Of Blue Lights」。ミッドセンチュリーを象徴する音楽のひとつであるブギウギが、約70年の時を経て、2017年の東京で生き生きと表現される。時代を超えた音楽のつながりから導かれる豊かな音の響きに圧倒されてしまう。

 アンコールではまず、細野のソロデビュー作『HOSONO HOUSE』収録曲「相合傘」を抑制の効いたシックなバンドサウンドとともに披露。さらに細野、バンドメンバーのほか、コシ、野村、斎藤、そして、ナイツ、清水ミチコ・イチロウが揃い、「恋は桃色」をセッション。この日限りの貴重なコラボレ—ションが実現した。2000年代に入ってから、20世紀の音楽の奥深い魅力を追求し、新しい表現に結びつけてきた細野晴臣。“知っているはずなのに知らない音楽”をテーマに掲げたアルバム『Vu Jà Dé』、そして、今回のツアーで細野は、その大きな成果を我々に示してくれたのだと思う。

(文=森朋之)

■リリース記念ツアー スペシャルムービー企画「昨日の1曲」
http://www.jvcmusic.co.jp/hosono/

「Ain't Nobody Here But Us Chickens」at 中野サンプラザ ~細野晴臣“リリース記念ツアー”スペシャルムービー企画「昨日の1曲」

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