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『YOUTOPIA』

ゆるめるモ!は結成5年を経てどこへ向かう? プロデューサー田家大知に改めて訊く

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 ゆるめるモ!が2017年11月29日に5周年記念フルアルバム『YOUTOPIA』をリリースする。「ユートピア」と読むが、本来の「UTOPIA」という表記ではなく「YOU」を強調する『YOUTOPIA』である点が、聴き手との関係性を大切にしてきたゆるめるモ!らしい。

 この発表を受けて、リアルサウンドがゆるめるモ!に取材を申し込んだところ、今回はメンバーではなく、プロデューサーである田家大知が5周年を総括してインタビューに応じたいという回答が返ってきた。

 そう、田家大知のインタビューは、1stアルバム『Unforgettable Final Odyssey』がリリースされた2014年に行われ( http://realsound.jp/2014/08/post-1025.html )、「狂っている」など大きな反響を呼んだ。あれから3年、『YOUTOPIA』の裏テーマに「宗教」を設定した田家大知の目に映っているものは何なのだろうか?

 『YOUTOPIA』には、音楽マニアもうならせるさまざまな要素が詰めこまれているが、これまで以上に幅広い人々に届けようという間口の広さもある。そうした内容にした真意を、田家大知は激しいジェスチャーを交えながら、ときに机をバンバンと叩きながら答えてくれた。レコーダーにこれほど机を叩く音が録音されたインタビューも珍しい。

 私たちはゆるめるモ!にどこへと誘われているのだろうか?(宗像明将)

 「『世の中をゆるめる』は『世の中をぶっ壊す』と同じ意味」

ーーゆるめるモ!は2012年に結成してから5周年となりましたが、振り返ってみていかがでしたか?

田家大知(以下、田家):やっぱり濃かったなと思います。苦しいこともたくさんありましたけど、僕の言うセリフじゃないですね。運営として学びながらだったので「もっとできたのにな」っていうこともありますし。曲の出し方や見せ方、タイミング、順番も。メンバーに関しては、彼女たちを一番いい方法で輝かせて、今までなかったグループが世の中を動かせるようにひたすらがんばってきたんです。

ーー脱退するメンバーもいたことについてはどう考えていましたか?

田家:そうならないように考えてきましたけど、体調や進路のことは仕方ないんです。残ったみんなに「僕らでやろうよ、大丈夫だよ!」って言ってましたね。本当は大丈夫じゃないんですけど、仕方ないんですよ。

ーー脱退についてもメンバーの休みについても、縛りつけないのがゆるめるモ!ですよね。

田家:他のグループを見ると、うちは特殊なんだろうなと思います。だから僕ら運営にも、日本社会へのアンチテーゼがあるのかもしれないですね。毎回授業に出てがんばることが正しいわけではないし、ちゃんとやるべきことをやってればいいじゃないか、とか。「出席原理主義」みたいな人から見たら「やる気ないじゃないですか」と言われるかもしれないけど(笑)、その中で面白くできてるんじゃないかなと思いますね。

ーー私が初めて田家さんにお会いしたのが2012年で、ゆるめるモ!を始動した頃でした。「アジポタ」というアジアのポータルサイトがあって、そこで「自殺するぐらいなら逃げていい」というメッセージとともに結成されたのがゆるめるモ!でした。インドネシアのバンドとやったり、メンバーが生演奏をするライブをやったりしていた初期は、今振り返ってみていかがですか?

田家:僕、いい意味でも悪い意味でも足元が見えてない人で。「今日メンバーが休みます」とか言われても、僕は先のことばかり考えてるんで、重大なことに思えないんですよ(笑)。初期の頃はお客さんもいなかったけど、僕はその時点で5年後を考えていて、その日のライブのことを全然考えなかったんですね。次の作品のことや、次の展開のことばかり考えてるから、最近はメンバーがその合間を埋めてくれてるんです。

ーーその当初の展開は思い通りできましたか?

田家:思い通りにはいかなかったですね。もっと早く人気が出るかなと思ってたんですけど、簡単じゃなかったです。

ーーアジア進出は諦めてないと2014年に話していましたが、今もそれは変わってないですか?

田家:この間、台湾に行って8回目の海外公演だったんですよ。ベトナム、バンコク、上海2回、香港、台湾、韓国、台湾2回。僕の野望にメンバーも乗っかってきてくれて、海外とつながることの素晴らしさをメンバーも理解してくれてますね。

ーー2013年に新メンバー5人が加入して、そのうち3人(ようなぴ、しふぉん、あの)が今も残っていますね。あのとき8人体制になって、その後6人体制になっていく痛みもあったんじゃないでしょうか?

田家:「去る者追わず」だけど、別れなんですごく悲しいですよ。だからといって、ゆるめるモ!がガクッとなることはまったくなくて、今まで通りがんばっていくしかないんです。この大きな船は進んでいくものだし、「悲しいけどまた会おう!」という気持ちなんです。船の舵から手を離すことはなくて「ガンガン行くぜ!」っていうのは変わらないですね。いい送り出し方をして「また遊びに来てよー!」っていう感じというか。僕がすごく悩んでダメージを受けすぎて、船を進めることができない、なんてことはないですし。

ーーなんで田家さんはそんなにバイタリティーがあるんですかね?

田家:それは自分でも思います。マグマみたいな熱が冷めることもなく、日々のことに揺れることもなく、ただ進んでいくみたいな。ゆるめるモ!で世の中を動かしたいという気持ちがすごくあるんですよ。熱意と言うと軽いんですけど、やらなくちゃいけないことだと思います。

ーー使命感とも言えますかね?

田家:使命感ですね。音楽があることによって、楽になったり勇気が出たりするようにしたいんです。音楽でいろんなものを破壊すると、楽になる人がいるはずなんですよ。僕にとっては「世の中をゆるめる」っていうのは「世の中をぶっ壊す」と同じ意味なんです。変なルールとか壁があるから窮屈な思いをしてる人がいっぱいいるじゃないですか? それをぶち壊していく存在がいれば、世界が広くなるだろうなと思うんです。

ーー田家さんがゆるめるモ!を結成したのは30代後半じゃないですか。なぜその年代で情熱が爆発したんでしょう?

田家:ゆるめるモ!はきっかけに過ぎないんだろうなと思います。世の中に対する違和感はずっとあって、でも手段と方法がわからなくて、バンドをやったりライターをやったりしたりして。あと、僕が極端なんですよね。「海外に行ってみよう!」と思って、10代の時に最初に行ったのがアフリカのチュニジアなんです(笑)。

ーー「最初はアジア」とかじゃないんですね(笑)。

田家:いろいろすっ飛ばしたくなるんです(笑)。海外旅行の2、3回目で世界一周をしたんですよ。でも、猿岩石と同じ時期に同じルートを行っていて、僕はテレビを見てないし猿岩石のことも知らないので「猿岩石と同じルートだね」って言われてすごく悔しくて(笑)。そのときに、世界一周することで地球の大きさを把握して、世界は一周できるんだと確認できたのはすごく良かったですね。

ーーそして、最終的にフィットしたのがアイドルのプロデュースだったんですかね?

田家:まだ結果を出せてないので「フィットしてる」とは言えないんですけど、今の自分ができる最良最善のことがアイドルプロデューサーだとして、やりたいことはいっぱいあるし、モチベーションが落ちることはまったくないんです。

ーーメンバーのケアも大変だったんじゃないですか?

田家:それも大事なことなんです。やっぱり励ますのはすごく重要なんだな、って思いますね。たまにアホなことを言ったり、「できるできる!」とか「イェーイ!」とかいっぱい言ったりすることで気持ちが外に向くかなと思って、意識してましたね。

ーーそれもメンバーが8人とか6人とかいた時代は大変だったんじゃないですか?

田家:今と比べたら大変でした(笑)。目が行き届かなかったな、って。4人だとすぐ全員に話せるけど、人数が多いと集めるのも大変だし、こっちがまとめようとしても限界があるし。4人になってからは自発的に話し合ってくれてますね。

ーーどこのグループでもメンバーのトラブルは起きるじゃないですか。そういうときはどう対応していたんですか?

田家:僕はなるべくそこに引きずられすぎないようにしたんです。もちろん一生懸命に向き合いますけど、見解の違いや相性の問題もあって僕らが全部コントロールできるわけでもないので。「いろいろあるみたいだけど、こんなかっこいい曲できたよー!」って(笑)。繊細な人だったら頭抱えて「ああ、なんて大変なことがいっぱいなんだ! やめます!」ってなると思うんですけど、僕は「ズンズン前に行こうね」って話してましたね。

ーー結果的にはそれが良かったんでしょうね。

田家:そうなんですよ。いろんな日々の悩みがあっても、僕がどんどん先のことを提示することで、前に行こうとしてくれたのが良かったなと思いますね。「この人は悩みを聞いてるけど先のことしか考えてない」とわかってると思うし、視線を上げる形になってきたのかなって思いますね。

ーー2014年にはLIQUIDROOM、2015年には赤坂BLITZ、2016年にはZepp DiverCity (TOKYO)でワンマンライブを開催しました。しかし、Zepp DiverCity (TOKYO)以降は、それを超える規模の会場でワンマンライブをできていないことはどう考えていますか?

田家:『YOU ARE THE WORLD』(2015年の2ndアルバム)で攻めすぎたなと思いました。ぶっ倒れるんじゃないかってぐらい詰めこんで作った作品なんですよ。いろんな人に届くだろうと思ったんですけど、届かなかった。僕ら運営チームに宣伝力がなかったり、メディアにリーチさせる方法をまったく知らなかったりして。ゆるめるモ!はより影響力を持った存在になりたいと思ってきたので、このやり方だけではお茶の間に広がってはいかないな、って感じたんです。

ーーでも、NEU!のオマージュを「SWEET ESCAPE」(2013年の『New Escape Underground!』収録)でした衝撃は忘れられません。

田家:あの時期はどうやっても話題にもならなかったですし、もし普通に良い曲を出していたとしても届きようがないじゃないですか(笑)。あの頃はオマージュという手法をとらせていただいて、わかりやすく記号化したんです。ESG(2014年の『Electric Sukiyaki Girls』)とかSuicide(2014年の『SUImin CIty DEstroyer』)のようにオマージュをすれば、「ゆるめるモ!はなんでもありだよね」って思われて、カテゴライズされないかなと考えて。

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