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“サイファー”なぜ全国的ムーブメントに? 現役ラッパーに訊く、発祥の経緯と面白さ

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 ストリート上での地道な音楽活動から次第にファンを集め、デビューを果たすアーティストは多く存在する。数ある路上パフォーマンスのなかでも、特にデビューを目的としていないラップバトルを披露している現場が賑わっている。そして、そのラップバトルやセッションを行う際に自然発生的に出来る人だかりを“サイファー”と呼ぶ。東京・渋谷TSUTAYA前には連日大規模なサイファーが出現し、盛り上がりを見せている。

 先日、渋谷のTSUTAYA前と宮下公園で行われていたサイファーの現場にSKY-HIとSALUが登場した。そのサプライズにSNSではリアルタイムで大きな反響があり、Twitterでトレンドに入るほど話題となった(その映像はそのまま彼らのMV映像に使用されている)。

SKY-HI × SALU / Sleep Walking メイキング映像

 サイファーは東京だけのムーブメントにとどまらず、現在、日本中のあらゆる場所で行われるようなひとつの文化となっている。サイファーが発祥した経緯と全国各地に広がっている理由について、ラッパーやHIPHOP MCとして多方面で活躍するダースレイダー氏に話を訊いた。まず、“サイファー”とはいつどのようにして生まれたものなのだろうか。

「僕の記憶する限りでは10年ほど前、太華(ビートボクサー)くんとTARO SOUL(ラッパー)が『昼間に青空の下でラップをやろう』と呼びかけたことがきっかけで、皆が集まったのが始まりだったと思います。当時、渋谷の宇田川町のシスコ坂には、主にMETEOR、環ROY、鎮座DOPENESSらで集まってて、僕も呼ばれて行ってましたね。けど、続けていくうちに、近くのビルの方から騒音の苦情を受けてしまいまして…その結果『どうせだったら、元からうるさいところでやろう』という話になり、渋谷ハチ公前に場所を移しました。それが俗に言う『ハチ公前サイファー』。“サイファー”ってそもそも輪っかになるって意味なんです」

 一部のラッパーの呼びかけにより始まったハチ公前サイファーは、次第に多くのラッパーたちを巻き込み、世界のヒップホップシーンに知られるものへと発展していった。

「互いにフリースタイルでラップを出し合って、毎週日曜に欠かさずやってました。シスコ坂の時のメンバーに加えてKEN THE 390、COMA-CHI、AFRA、BOSS THE MCも来てくれたり、多いときは60名ほどのラッパーやビートボクサーが集まっていました。当時、ヒップホップの世界を追ったドキュメンタリー映画『フリースタイル:アート・オブ・ライム』の監督ケビン・フィッツジェラルドが、僕らが集まっていたサイファーの取材に来てくれたこともあります」

      

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