栗原裕一郎の『ヒロインたちのうた』(南波一海著)評:優れた批評としてのインタビュー

 南波一海は、アイドルに関する文章を書くライターのなかで、現在もっとも信頼されている一人だろう。ここで「アイドル評論家」という呼び方をしなかったのは、彼自身がそう自称していないからというのはもちろんとして、その活動ぶりが評論家というよりもジャーナリストに近いからだ。あるいはフィールドワーク的というべきか。「アイドル界の柳田國男」と呼ばれたりもしているらしいが、全国津々浦々インディーズアイドルやローカルアイドルの現場にともかく足を運び、ライブを見て、CDやCD-Rをせっせと蒐集しているのである。

 アイドルの音源は必ずしも流通や通販に乗るわけではない。会場で少部数が手売りされるだけというケースも珍しくなく、すぐに入手不能になってしまう。そのとき現場に行かなければ手に入らないような音源を、南波は労を厭わず地道に集めているのである。その成果は、タワーレコード嶺脇育夫社長との配信番組『南波一海のアイドル三十六房』で紹介されたり、コンピレーションアルバム『JAPAN IDOL FILE』1&2などにまとめられているが、こうした姿勢が、アイドルファンのみならず、アイドル本人や運営からも信頼を得ている所以だろう。

 南波はミュージシャンから音楽ライターに転身したという経歴で、ジョブチェンジしてほどなくあちこちの媒体で名前を見る売れっ子になったが、いつからか意識的にアイドルに仕事を集中させていった印象だった。

 初の単行本となるこの『ヒロインたちのうた』もアイドルをめぐるものだが、一風アプローチが変わっている。アイドル本人ではなく、アイドルに楽曲を提供している作家(作詞家、作曲家)にターゲットを絞ったインタビュー集なのだ。

「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」

 その理由を南波はこう書いている。

「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」

 アイドルへのインタビューを重ねるうちに、他のインタビューと内容が被ることが多いのが気になり始めた。「年齢の若さも関係しているとは思いますが、豊潤な音楽に比して、歌い手自身が語る言葉は意外とシンプルだった」。

 それならばと、些細なディテールや漏らされる心情などにむしろ重きを置き、アイドルのそのときのありようをドキュメンタリーのように記録する方針を採り始め、南波独自のスタイルとして固まっていったのだが、一方で、音楽自体をめぐる言葉がどうしても少なくなってしまうことが気に掛かっていた。

「だったら曲を作った人に聞くのが早くない?」というのは、そんなジレンマの解決策として浮かび上がってきたアイディアだったわけだ。

 そのアイディアに基づき、ウェブ版『CDジャーナル』で連載「ヒロインたちのうた。」が開始された。2012年1月のことだ。4年以上に及ぶ連載からセレクトしたインタビューに、単行本のために新たに収録したインタビューを加え、後日的な補足と注釈を添えて編まれたのが本書『ヒロインたちのうた』である。

 全部で23組の作家のインタビューが掲載されている。作家のリストはオフィシャルサイトに任せてしまおう。http://www.cdjournal.com/main/special/song_of_the_heroines/645

 目次に並んだ名前が一般的にはどのくらいの知名度があるのかよくわからない。

 かつての歌謡曲が大家を中心に作家への依頼で制作されていたのに対して、昨今のアイドル楽曲はコンペ形式で採用されるケースが多い。つまり作家たちから曲を募り、その中から選ぶのである。もちろん、昔と変わらず「ぜひこの人に!」と依頼されるケースもあるし、専属P(プロデューサー)がアイドル一組のほぼすべての楽曲を手掛けているケースもあるけれど、主流はコンペだ。

 そんなわけで、作詞家、作曲家は総じて昔ほど有名にならない。数年前、近田春夫がジャニーズ楽曲を取り上げたときの「考えるヒット」で、「最近アイドルへの楽曲提供者の状況はますます未知の領域となってきた」と書いていたが、それも同じ事情による(『週刊文春』2011年2月10日号)。

 だからこの本は、一部の詳しいマニア以外にはあまり知られていなかった、現代のアイドルに楽曲を提供している人たちの、人となりや、音楽的背景や指向性を炙り出して伝えることが目指されているともいえる。「最近活躍しているあの作曲家って、誰某のペンネームじゃないの?」などと囁かれ実在が疑われていた人物の初インタビューなども掲載されていたりする。

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