栗原裕一郎の『ヒロインたちのうた』(南波一海著)評:優れた批評としてのインタビュー

作家たちの破天荒な人生

 何しろ23組も載っているので、全体を一言で要約するのは無理なのだけれど、南波も「こういう生き方でも職業作家になれるんかい、とツッコミを入れてお楽しみいただくのもありではないかと思います」と書いているように、まあ、破天荒な人が多い。

 たとえば、3776のプロデュースを手掛ける石田彰の経歴はこうだ。美大でバンドを組み、美術より音楽へ気持ちが傾いて留年、中退。宅録を始め、コンペで宮村優子に楽曲提供する機会を得たものの、金銭処理が面倒でチャンスを活かすことなくぶらぶらする。知人の家を転々とするうちに人形劇団に関わることになり、30代半ばまで続けた後、サラリーマンに転職。30代後半に「もう農業をやろう」と決意しまた転身したが、2、3ヶ月で挫折。3・11に遭遇し、福島で瓦礫の撤去でもして金を稼ごうかと考えたときに、AKB48のプロデューサーをやっている夢を見る。夢に誘われて秋元康の本を読み、「やっぱりこれだ」とアイドルプロデューサーになることにし、サイトを作ったり、あちこちの市役所にご当地アイドルやりませんかというメールを送り付けていたら、富士宮市が引っ掛かって、3776の誕生と相成る(その後も紆余曲折は絶えないが)。

 LinQを手掛けていたH(eichi) & SHiNTAのH(eichi)は、ラジオでDJを10年ほどやっていたが、あるとき「僕は音楽をする人だった」と気づいて37歳で引退、博多駅で歌っていたときに中島美嘉らと出会い、40歳でプロの道に入ったそうだ。

 EXILEのTAKAHIROや倖田來未、DEEPなどに楽曲提供している小田桐ゆうきは元々はダンサーだったという。中学の時に全国大会で優勝した卓球エリートで、大学もスポーツ推薦枠で入ったが、もう卓球はやりたくないと弱い大学を選び、ダンスを始める。大学卒業後東京へ出てボーカル&ダンス・グループを組み、コンテストで日本3位を獲得、25歳でデビューした。だが、30歳を目前にグループが消滅してしまう。道を失って精神的に追い詰められていたとき、EXILEのボーカル・オーディションに出てみないかと声を掛けられ、1万人の中から100人に残ったのだが、その2次審査で「僕は歌を辞めます」と宣言して辞退する。自分が何をやりたいのかと考えた末に、歌ではなく作家だと結論したのだそうだ。そしてバイトをしながら曲を作り、そろそろいいだろうとデモテープを作家事務所に送ったら10分で連絡が来たという。その事務所とはトラブルが生じて別の事務所に入り直したそうだが、トントン拍子の波瀾万丈というか、こんな人いるんだねえと感心するばかりだ。

 もちろん着実にキャリアを積み重ねて作家として成功している人も多いが、実に十人十色で、こうした多様さを許容する包容力を、アイドル市場の爆発的な拡大はもたらしたということだろう。若い人に夢を与える本である。

「3・11後」という隠れたテーマ

 もうひとつ、複数の作家たちに密かに通底しているのは、「3・11後」という裏テーマだ。アイドル楽曲の歌詞に東日本大震災や原発問題が生に登場することはまずないが、出てこないからといって影響がないわけではむろんない。

 SUPER☆GiRLSの「MAX!乙女心」は、夏をテーマにした、アッパーというか脳天気な、はっきりいって頭の悪い曲である。

SUPER☆GiRLS / MAX!乙女心
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 ドキドキ 夏どっきゅん!(Hi!)
 キラキラ ハートきゅん!きゅん!(Hi!)
 夢みる乙女よ(Fuwa Fuwa) ハジケましょ~(Yeah!)

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 作詞は、河出智希と竹内栄美子が組んだ作家ユニットのBOUNCEBACK。この曲の依頼が来たのは、まさに2011年3月11日のことだった。

「テレビをつければ津波の映像だし、東京も余震がすごくて、携帯も地震警報がびんびん鳴るしっていうなかで作ったんです。この歌詞を書いていいんだろうかっていう罪悪感みたいなものが出てきてしまって、本当にこれを求めてくれる世の中が来るのかなっていうのが信じられなくなったときだったんです。(…)じゃあ、SUPER☆GiRLSはなんのために存在するのかっていうのを考えたときに、「元気と笑顔を届けるグループ」っていうのがシンプルに自分のなかでストンと落ちてきて、そこに向かって弾ける以外にないなと。もう余震が来ようがなんだろうが必死になって書き上げて。そうしたら、全然震災と関係ない歌詞が出来上がりました。これを聴いてくださる瞬間は本当に楽しんでもらいたいみたいな祈りみたいなものも込められたかなと思っています」(竹内)

 僕は文学の仕事もしている。比較するのはあまりよくないかもしれないけれど、このエピソードを知ったあとで聴くこの曲は、凡百の震災文学よりも胸に迫る。もちろん成立の背景を踏まえたことで聞こえ方が変わったのだが、そうしたコンテクストを提示するのもまた批評の役割である。

 南波がこのエピソードを作家から引き出したことは優れた批評と評価されるべき行為であって、この一事だけでもう本書は成功であると断言してもいいくらいだ。

 インタビューという形式は、つらつらと書く批評文とかよりも軽く見られがちだと思うが、聞き手の懐次第で十分に深いところまで到達できるのだとあらためて知ることのできる一冊である(実際、読むのにすごく時間のかかる本である)。

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

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