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メジャー1stフルアルバム『Xanthium』インタビュー

a crowd of rebellionが見据える、音楽シーンの革新「ラウドとJ-POPを繋ぐトンネルになりたい」

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 新潟発の5ピース・スクリーモ・バンド、a crowd of rebellionのメジャーでの1stフルアルバム『Xanthium』が完成した。さまざまなリズムパターンとリフとを駆使したカオティックなサウンドで、複雑な展開を繰り返す曲でありながら、聴き手にはインパクトはもちろんエモーショナルなひっかき傷を残していくのがこの5人の音楽。それが今回はさらに極まった形で展開される。

 高速ビートの激情のメタルコアで攻めたかと思えば、ファミコンのピコピコ音で遊びのあるパートが出てきて、最終的にはカタルシスたっぷりのロックオペラへと着地していくような曲もある。小林亮輔のテクニカルなギターとハイトーンのメロディパートで、泣きのある歌を響かせたかと思うと、宮田大作の迫力あるスクリームで嵐を巻き起こす。ラテンビートもあれば、民謡的な祭りのビートもある。次なる展開、次にくる曲が読めない(読ませない)面白さで、1曲が、アルバム全体が壮大なパッチワークとなった作品である。そしてここまでハードコアに突き抜けても、キャッチーなのがa crowd of rebellionの醍醐味でもある。

 今回はリアルサウンドでの初めてのインタビューということで、バンドがどのようなものを志して、この先どんな野望を持っているのかを5人に訊いた。(吉羽さおり)

「難解さとキャッチーさとのバランスを考えた」(丸山漠)

――1stフルアルバム『Xanthium』がついにリリースとなりますが、今回はa crowd of rebellionの多彩な魅力が詰まったかなり濃い内容になりました。メジャーでの第1弾アルバムとして、ここまでの作品が世に出せるというのは痛快ですね。

宮田大作(以下、宮田):恐ろしい時代になりましたね。

小林亮輔(以下、小林):50パーセント、冒険と言われます(笑)。

――バンドとしても攻めた内容ということですね。

宮田:毎回、攻めていきたいんですよね。今回も無茶しやがったなという感じです。それで、どれくらい自分たちの可能性を広げられるかと挑戦したアルバムです。

――バンドのこれまでのキャリアについてお聞きしたいんですが、結成は2007年ということですね。

宮田:はい。最初は海外で、その当時スクリーモというものが流行りだして――といっても、日本ではあまり流行ってなかったかもしれないですけど。

――2000年代はじめくらいですね。

宮田:そうですねニューメタルから派生して、スクリーモやらメタルコアやらが出てきて。その頃の海外のスクリーモに感化されている俺たちが出会って、作って、そういうバンドを目指したいなと始めたバンドですね。

――もともとボーカルも、メロディパート(小林)とスクリーモパート(宮田)と、別れていたんですか。

小林:僕はもともとa crowd of rebellionの客だったんです。その頃高校生で、かっこいいバンドだなと思ってふつうに観に行っていて。

宮田:最前列で観てたよね。その時は俺が、ギター・ボーカルで。ギターも弾いて、普通のボーカルもシャウトもやっていたんです。

高井佑典(以下、高井):それがある日、ライブ後に「俺、ギターやめるわ」って言いだした(笑)。「3つもできるわけないだろうが!」って。

小林:あとから聞いた話なんですけど、当日の朝は「俺、新しいアンプ買おうと思う」って言ってたらしいんですよ。

高井:そう。「俺、次にこれ買いたいんだよね」って言っていて。ああそうなんだって思っていたら、ライブが終わったら「俺、ギターやめるわ」って。何なんだっていう。

宮田:その日のライブで、ダメだと確信したんでしょうね(笑)。このままではお客さんともあまりコミュニケーションがとれないし。自分が見てきたバンドのボーカルとは違う感じだったんですよね。

――確かにメタルコア、スクリーモの盛り上がりから、ボーカルがひとりのバンドも増えましたもんね。

高井:しかもその日のライブが、SiMとPay money To my Painと対バンだった。

宮田:そうだ。じゃあ、そこで感化されたんですわ(笑)。でも、最初にギターを置いてピンボーカルになった時はひどいもんでしたけどね。

丸山漠(以下、丸山):そこからすぐに、小林を入れたんですよ。

高井:歌えてギターが弾けるやつっていうので、ライブにいちばん前で頭振ってるあいつできるんじゃね?って。

丸山:コピーバンドやってるって言うし。ライブも来ているし、すげえ期待してたんですけどね。最初へたくそで(笑)。

小林:だいたいが、難易度が高すぎるんですよ! 年のせいにしたくないですけど、当時高校2年生で、急に高等なテクニックをやれと言われてもできるわけなくて。2週間くらい学校休んで、ひたすらコピーしていたんです。最初は歌は歌っていなくて、コーラスやシャウトくらいの担当だったんですけど。ある日、「やっちゃえば?」って(笑)。

宮田:きついからやってくれと(笑)。やっぱり、ピンボーカルになっていちばん変わったのが、ライブ中、お客さんとものすごくコミュニケーションをとるようになるんですよ。そこで体力を持っていかれる。ギターを置いて、ピンボーカルになったはいいけど、また新しい課題が増えて。ライブはバンバン入っていたし、これは結構つらいものがあるなと当時は思っていたんです。クリーンなボーカルも高いクオリティで歌えないのはお客さんに申し訳ないなと。それで歌のパートを「亮輔歌ってくれないか」ってお願いしたんです。俺は、お客さんと面と向かって闘うからって。

――こういう形にしようと変わったのでなくて、ライブをするなかで必然的に変化をしていったんですね。

宮田:それが大きかったと思います。どれくらいクオリティの高いものをお客さんに見せられるかを突き詰めていったら、今のこのスタイルになったという感じです。

小林:その役割を分けはじめてから、バンドの認知度も上がりはじめたのかなと思います。

宮田:それでまた曲も変わってきたというか。もっと難解になっていきました(笑)。

丸山:最初はね。でも段々と、このバンドでしかできない音楽をやろうというところから曲作りも変わった気がしますね。難解さとキャッチーさとのバランスを考えるようになった、それこそ、このボーカルふたりはもともとJ-POPが好きなので。

宮田:昔、駅前で19とかゆずを歌っていたこともあります(笑)。

――やはりJ-POPの音楽遺伝子もあるんですね。たしかにそのJ-POP感が、今回はメロディやキャッチーさ、曲の聴かせ方にも、より色濃く出ているように思います。その点は意識的なんですか。

宮田:そうですね。スクリームにしてもサビに対する助走というか。スクリームが主役になることもあるけど、やっぱりサビでどれだけ驚かせるか、インパクトを持たせられるかというコンセプトを元にしてやっているので。サビで、「うわ、こんなに変わるんだ」とか「ここからこうなっちゃうんだ」とか、あるいは「すごくいいメロディだな」とかもありなんですよね。

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