>  >  > TOKIOの広い世代に訴える“タレント力”

太田省一『ジャニーズとテレビ史』第六回:『ザ!鉄腕!DASH!!』

TOKIOはなぜ広い世代から支持される? 『ザ!鉄腕!DASH!!』における“タレント力”から検証

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(C)タナカケンイチ

 いまやジャニーズは、歌番組やドラマだけでなく、テレビのなかの実にさまざまなジャンルに活躍の場を広げている。そんな状況にはすっかり慣れているつもりでいたのだが、さすがに先日「ジャニーズJr.から気象予報士誕生」のニュースを聞いた時には私も驚いた。阿部亮平(Snow Man)と岸本慎太郎が超難関とされる気象予報士試験に合格、二人は10月28日、国分太一がMCを務める『白熱ライブ ビビット』(TBS系)に早速出演して予報士デビューとなった。

 その国分太一がメンバーでもあるTOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系・以下、『DASH!!』)が1995年11月の放送開始から今月で無事20周年を迎えた。それを記念して、11月8日の放送では、番組初期の人気企画だった電車との「リレー対決」が復活、大きな話題になった。今回対戦したのは、17年前にかつて二度対決し1勝1敗とまだ決着がついていない阪神電車のジェットカー。今年で平均年齢が41歳になるTOKIOだが、当日の放送では一回目の対決では敗れたものの、二回目の対決では鮮やかにリベンジを果たした。特に一回目敗れた後の二回目のレース前、5人全員の表情が明らかにぐっと引き締まったものに変化したのが印象的であった。

 冒頭にふれた気象予報士の話もそうだが、ジャニーズが本業の歌やダンス以外の分野に進出するとき、そこにはしばしば「ジャニーズなのに」という但し書きがつく。「ジャニーズなのに」バラエティ、「ジャニーズなのに」ニュースキャスターなどなど。それに対する評価は人それぞれだ。そこに新鮮な魅力や意外な実力を感じる人もいれば、やはり本業の人の方がと思う人もいるだろう。いずれにしても、「ジャニーズなのに」というフレーズはそこに付いてくる。

 TOKIOには、「ジャニーズなのに」という但し書きはもはや不要である。「DASH村」であれ「DASH島」であれ、私たちは、彼らが「ジャニーズなのに」農作業やDIYに励んでいるとは思わず、その熱心な仕事ぶりや見事なチームワークに素直に感心し見入っているのではなかろうか。

 そんな『DASH!!』を見ていると、ふと往年の人気番組『びっくり日本新記録』(読売テレビ)を思い出すことがある。1970年代から80年代にかけて、やはり日本テレビ系列で日曜夜19時から放送されていた30分番組である。氷上で頭からスライディングして滑った距離を競う、プールの上に渡された細い板の上を自転車で渡ってタイムを競うなど毎回ユニークな競技に一般視聴者が参加して記録を争った。知らない世代の人には、「鳥人間コンテスト」の企画が最初に生まれた番組だと言えば、イメージがつかみやすいかもしれない。

 実はこの番組には、一般視聴者に混ざって轟二郎という当時人気のコメディアンが「チャレンジボーイ」と称して毎回参加していた。ウケ狙いとかはいっさいなく、優勝目指して全力で競技に挑む姿が評判を呼んだ。今で言えば、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)で世界各地の祭りや大会に地元の人たちとともに参加する宮川大輔のような役回りである。

 常識的には馬鹿馬鹿しく思えなくもない競技に真剣に挑む楽しさ。電車とのリレー対決に挑むTOKIOの姿は、そんなテレビバラエティの良き伝統を彷彿とさせる。そこにはアイドルか芸人かといった区別はない。だから当然そこに「ジャニーズなのに」というフレーズが浮かぶ余地もない。

 実際、メンバーたちも皆、テレビでなければ体験できないような遊びの機会を心の底から楽しんでいるように見える。リレー対決に限らず、『DASH!!』スペシャル版での巨大鬼ごっこ「TOKIO VS 100人の刑事」や城下町での「水鉄砲合戦」など、街中で一般の人々とともに遊びに興じる姿がこれほど似合うジャニーズもいないだろう。いっさい無理している感じを抱かせることなく一般の人々の住むフィールドにすんなりと入っていけるところ、そこにTOKIOの持つ他のジャニーズグループにはない独特の空気感がある。

     
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