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3rdアルバム『Bremen』インタビュー

米津玄師が希求する“普遍的な音楽”とは?「『愛している』という表現を恐れてはいけないと考えた」

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 米津玄師が10月7日に3rdアルバム『Bremen』を発表した。本作は1stアルバム『diorama』、2ndアルバム『YANKEE』以降、言葉やサウンドにおいて常に変化を求めてきた米津による集大成的な一枚といえる。独自のリズム・譜割り感覚をベースにしつつ、サウンドはより緻密になり、歌詞はさらに大胆かつ具体的に物語を描いている。今回、10月19日付のオリコンウィークリーアルバムランキングで1位、iTunes週間アルバム・ランキング(2015年10月5日〜10月11日)で1位と発表された本作について、米津本人にロングインタビュー。『Bremen』に込めたテーマや思い、さらには彼自身が「普遍性を目指した」と語るサウンドや音葉について、じっくりと話を聞いた。

「みんなが知っていることだけで音楽が作れたら、すごく強いことだと思った」

ーー10月7日にリリースされた3rdアルバム『Bremen』が10月19日付のオリコンウィークリーアルバムランキングで1位、iTunes週間アルバム・ランキング(2015年10月5日〜10月11日)で1位と発表されました。

米津玄師(以下、米津):嬉しい気持ちといいますか、ホッとしたという感じでしょうか。今作については、世の中に発表されるまでは変えていった部分というのもたくさんありましたので、それが果たして受け入れられてもらえるのかどうかという不安はありました。

ーー今作にあたって変わった部分と、変わらない部分がありますよね。今回の作品は、米津さんのいろいろな側面を一つのコンセプトの中に凝縮して作り上げた、集大成的なアルバムだと感じています。前作までの流れを踏まえ、この作品をどう位置づけていますか。

米津:『diorama』の時は、自分が美しいと思うような狭い視点でのみ作品を作っていたということが今になっては言えますね。このような作品の作り方は『diorama』を完成させた瞬間に、もうやめようと思ったんです。それから次に何をしようかと考えてできたのが『YANKEE』で、ボーカロイド界隈からロックやJ-POP路線に移行していくためにそういうタイトルの作品にしました。

ーー『YANKEE』とは「移民」という意味合いだとおっしゃっていましたね。

米津:今思い返してみると、それは必然的だったのかもしれませんが、“半分半分”だったのではなかったかと思います。つまり『diorama』を作成したときに培われた、自分なりに思っているやり方と、普遍的な言葉やメロディーを探して音楽を作るというやり方が、半分半分だったということです。それで今回のアルバムは、自分ができるかぎりの普遍的な言葉と音を使って作品を作ってみたい、と思って作成しました。

ーー米津さんの考える「普遍的な言葉と音」とは。

米津:みんなが知っていることだけで音楽が作れたら、それはすごく強いことだと思ったんです。そのことだけに専念しようとして、結果できたのがこのアルバムだと思います。……自分だけの文脈とか、自分が良いと思うこととか、自分がそれまで見て聞いてきた情報や知識というものは、必ずしもみんなが共有しているものではないわけですよね。自分にとって当たり前のことも、他人にしてみれば当たり前なことでもない。かつてのように、自分のことしか興味がないというような状態で音楽を作り続けたら、どんどん“袋小路“にはまり込んでいくような感覚があり、このままなら死ぬしかないと考えるようになってしまいました。だから全うな人間として生きていくためには、それしか道が残っていなかったんです。

ーーその普遍的な作品を作るために、米津さんは言葉や音を練り上げていくという作業をされたと思います。まずサウンドにおける新しい普遍性とはどのようなものでしょうか。

米津:「ニコニコ動画」で自分の曲を紹介していたような時期は、外部に対する視点というのは全くありませんでした。つまり「ニコニコ動画」という“巨大な島”の中でどう表現するか、という視点しかなかったんです。ですから普遍性といっても、その中での限られた普遍性だったんだと思います。そのあと、そんなことをしていてもしょうがないというような気持ちになりましたが、そのきっかけとなったのは自分は「ジブリ映画」がすごく好きだということなんですね。

 「ジブリ映画」というのはとても普遍的な作品で、おじいちゃんやおばあちゃんだけでなく、幼稚園児にも内容が理解しやすいですが、それはものすごいことだと思ったんです。これは映画に関しての話ですが、作品を作って表現するということにおいては「ジブリ映画」以上に強度を持ったものはないのではないかと。子どもにでも分かるような娯楽作品ですが、文脈もあって、その上でいろいろなことを考慮した作品作りはすばらしいですよね。それに影響を受けて自分もそのような作品を作ってみたい、と思ったのが最初です。そう考えたときに、それまで自分がボカロなどで作ってきた作品は誰もが楽しめるようなものではない、もっと他にやり方があるんじゃないか、ということを感じていたのは事実です。

ーーたとえば、「あたしはゆうれい」のイントロ部分は、誰もが楽しめるSEとリズムで印象に残りました。それは子どもが聞いても自然に体が動き出すような音作りという意味を含みますか?

米津:そうですね、「ジブリ」の映画もそうですが、「ジブリ」はそもそも“絵”のチカラ、つまりアニメーションとしてのチカラがすごいじゃないですか。ですので、厳密なストーリーの展開がどうだということよりも、ただひたすら動いている“絵”を見るだけで気持ちいいと感じるのはすごいことだと思います。実際に『ハウルの動く城』はストーリーがよくわからなくても、どんどん引き込まれていきますよね。それで観終わったあとに、どんなストーリーだったのかは言えなくても、カタルシスを得ることができる。その点がすごいと思います。

 このことを音楽に変換して考えてみると、リズムとかメロディーラインとかに対する言葉の譜割りによって、否応なく気分が高揚する表現が確実にできると思うんです。それをいかにして表現するか、ということはいつも考えていますね。

ーーなるほど。譜割りの重要性ですね。その点では、アルバム冒頭の「アンビリーバーズ」は、譜割りを含めたアレンジにおいて、特に新しいことを追求した楽曲では?

米津:このような曲は今までやったことがなかったので、すごく悩みました。アレンジがほぼ9割方完成した段階でも、はたしてこれで良いのだろうかと思ってしまって10割の完成というところまで、“風呂敷をたたむ”ことができなくなったんです。その9割でも実際は完成していたのかもしれませんが、そこからプロデューサーの蔦谷好位置さんに頼んで、残りの1割を埋めて頂きました。そうする事で、自分自身にこれでいいんだよと伝えたかったんだと思います。

ーー結果的にこの「アンビリーバーズ」がアルバムのトーンを決めている曲でもありますし、1曲目としてとても重要ですよね。

米津:ギターを使っていないという点でも自分の中で実験的な作品でしたし、曲順を決めるときにも何も疑いなくこの曲を一曲目にしました。

ーー一曲一曲の完成度を高めると同時に、全体の構成も考えぬかれたアルバムという印象です。明るい曲、ダークな曲が非常に入り組んだ形で並んでいる。

米津:大切なのは調和であり、バランスもうまい具合に取らなければいけない。その曲がすごく練られた歌詞であり、良いメロディーだったとしても、ちぐはぐなバランスだったら何も意味がないんですよね。アルバムに対してもこのようにあるべきだという考えや明確な思想もありませんが、自分が作る音楽というものは客観的に見て一曲一曲に“強度”があると自分では思っています。自画自賛になってしまうかもしれませんが、そういった“強度”を持った曲たちを表現するにはアルバムという形で発表したほうが合理的といいますか、それぞれ個別に聴いてもらうよりは、アルバムとして“束”になって聴いてもらったほうが、より引き立つと考えています。

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